【ドーハ1月31日】U-23(23歳以下)日本代表FW浅野拓磨(21=広島)が、リオデジャネイロ五輪へ向け大きな自信をつかんだ。韓国との決勝で2得点し、日本を3-2の逆転勝利に導いた。優勝が決まった後は、全員が浅野のゴールパフォーマンス「ジャガーポーズ」で喜んだ。歓喜から一夜明け、選手らはドーハから帰国した。

 ドーハで確かなものを手に入れた。五輪切符とアジア王者を示す金メダル、そして自信と経験。浅野はその重さをかみしめた。「今回の大会は通過点。より高みを目指して行きたい」。今度はリオの地で表彰台へ上がることが目標だ。

 ライバル韓国との頂上決戦。2-2の後半36分、MF中島の縦パスに途中出場の浅野が反応した。DFに体を当てて抜け出し、左足でゴールへ流し込んだ。0-2からの大逆転劇。1点目も鮮やかだった。矢島から受けたパスを右足で決め、反撃の口火を切った。

 「1点目は慎也くん(矢島)がスペースを見ていた。絶対パスが出てくると信じていた。2点目はコースがしっかり見えていた。空気を変えたいと思ってピッチに入った」

 チーム最速タイの50メートル走5秒9。その俊足から「ジャガー」が愛称だ。浅野は勝ち越し点を決めたあと、顔の横で両手の爪を立て口を大きく開けるゴールパフォーマンス「ジャガーポーズ」で喜んだ。表彰式の壇上では全員でこのポーズ。「今日は(自分が)決めると信じていた」。矢島の同点弾も浅野が中央でおとりになってお膳立て。全3得点に絡む活躍だった。

 パワーが湧いてきた。今年1月1日、数年ぶりに家族全員が顔を合わせた。つかの間のオフで夜は母都姉子(としこ)さん(50)が作ってくれた大好物の手製ギョーザを平らげた。中身は肉のみ。大きな鉄板で100個以上も焼いてくれる。思い出と愛情が詰まった力の源だった。

 ゴールを届けたかった。トラック運転手の父智之さん(50)は、昼夜問わず働きに出てくれた。母は父が家を空けることが多い中、7人のきょうだいを育て上げてくれた。プロ入り後、毎月10万円を仕送りした。それでもまだ足りなかった。決勝前の午後1時過ぎ、自然と携帯電話を持つ手が動いた。実家へ電話し、母に「今日は点を取る」と約束した。点取り屋の仕事を見せるのが何よりの親孝行だった。

 次は68年メキシコシティー五輪以来となる48年ぶりのメダル獲得へ。走りだした浅野はもう止められない。【小杉舞】

<浅野拓磨(あさの・たくま)アラカルト>

 ◆生まれ 1994年(平6)11月10日、三重・菰野(こもの)町

 ◆経歴 菰野町立八風中から四日市中央工へ。13年広島入り

 ◆大家族 7人きょうだいの三男坊。父智之さん(50)母都姉子さん(50)長男将輝さん(24)次男晃平さん(23)四男雄也さん(18)五男史也さん(17)六男快斗さん(14)長女心春(こはる)ちゃん(4)

 ◆ルーティン 四日市中央工時代は朝食にパンを食べていた。現在は試合前日に家族とテレビ電話をする

 ◆腕相撲大会 お正月に開かれる浅野家恒例行事。今年の1月1日は、初めて父を倒し浅野家NO・1の称号を手に入れた

 ◆好きな選手 スアレス(バルセロナ)の動きだしの映像はチェックする

 ◆苦手なこと 長時間サッカーの試合を見ること

 ◆サイズ 171センチ、70キロ