何もない更地が、その日「ピッチ」になった。22日午後3時。熊本県益城町にある、熊本託麻台リハビリテーション病院の敷地の一角に、いそいそと子どもたちが集まり始めた。

 事前に「周囲にはコンビニや自販機がないので、必ず飲み物は持参してください。トイレもありませんので、すませてきてください」と告知があった。

 その通り、周りには乗用車を止めるスペース以外、何の設備もなかった。子どもたちは足で外周を地面に描き、ピッチの体裁を整えながら、その時を待った。

 誰かが駐車スペースの方を指さした。「来た!」。坂道を降りて、空き地に登場したのは、浦和MF柏木陽介(28)だった。

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 旅行代理店HISスポーツ事業支店、そしてNPO法人Charity.orgとのコラボ企画「Fantasista Park」の一環で、柏木は被災地の子どもたちとサッカーをしに来た。

 しばらくすると、柏木が呼び寄せた広島時代の同僚、J2熊本GK佐藤、MF高柳、中山、FW平繁の4選手も現れた。「今日は真剣勝負やで!」。柏木の掛け声で、子どもたちとチーム柏木の対戦が始まった。

 「ピッチ」には、小さいサイズのものをふたつ組み合わせた形で、ゴールが設けられていた。実はこれは、大宮GK加藤が寄付したものだった。

 そこで現役の日本代表である柏木が、J2熊本の選手たちとともに、子どもたちとサッカーをする。集まった中には、5月の鳥栖対浦和戦に、鳥栖GK林が浦和MF梅崎と連名で招待したサッカー少年もいた。クラブの枠を超え、夢のピッチをつくりあげた。

 「サッカー教室としてはアカンのかもしれんよね」と柏木は苦笑いする。

 技術向上につながりそうなドリル形式のメニューや、手取り足取りの指導などはない。ただ一緒に、時に大人げないまでに真剣に、ひたすらサッカーをする。

 それが子どもたちにとっては、何よりも楽しいようだった。憧れの選手との夢のような時間。みんなが笑顔になった。柏木はうなずく。

 「被災地を立て直すのは子どもたち。以前に東日本大震災の被災地でも、子どもたちと触れ合わせてもらって、確信したことやね。子どもが笑顔になれば、必ず周りの大人も笑顔になるから」

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 熊本地震に見舞われた益城町の子どもたち同様、柏木も被災の経験がある。95年、兵庫に住んでいた7歳の柏木少年は、阪神淡路大震災に直面した。

 本当の意味での被害の深刻さは、子どもにはよく分からなかった。それでも怖かったし、悲しいと思った。そしてもう1つ、残念に思ったことがあった。

 当時所属していたチームの練習場が、仮設住宅の建設地になった。「ピッチ」を失った柏木少年は、ボールを蹴れる場所を探してさまよった。しかし大型の復興支援車両が多数走る街に、安心してサッカーをできる場所などなかった。

 住まいの問題に比べれば、ささいなことかもしれない。それでもサッカーが好きで好きで仕方ない少年にとっては、今も忘れられない出来事だった。

 益城町も同様だ。すでにいくつものピッチが、仮設住宅用地や避難所に充てられ、使えなくなった。地盤沈下で使用不可になったピッチもある。

 気軽にサッカーができる場所が、町の周辺から一気に消えた。だからこそ、加藤がゴールを提供した更地でサッカーをして、そこを「ピッチ」にした。

 そうすることで、子どもたちが笑顔になれば、必ず復興への力が生まれると信じるからだ。

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 一度「ピッチ」になったとはいえ、あの更地の先行きは不透明だ。すでに仮設住宅建設予定地に指定されている。

 それを受け、柏木をサポートするNPO法人Charity.orgはすでに動いている。ナイター設備なども備えた新しいピッチをつくるべく、益城町などと協議に入っている。

 柏木本人も、さらに動く構えをみせる。子どもたちとのサッカーを前に、西村博則町長に表敬訪問をした。席上「町としても新しいグラウンドをつくることを検討している」と聞くと、柏木は「ぜひ協力させてください」と願い出た。

 「ボールやゴールを寄付させてもらってもいいし、できることはなんでもやります」。真剣なまなざしで、語気を強めた。

 ほぼ全戸が全壊した、益城町宮園の様子を見た。住居を再建するどころか、家の取り壊しすら進んでいない状況に、言葉を失った。

 道のりは長い。けれど、やらねばならない。自らも被災し、東日本大震災の被災地でも支援活動を続けた柏木は、それをよく知っている。

 大事なのは、子どもたちの笑顔を絶やさないこと。そのために、大好きなサッカーをいつでもできる環境を整えるべき。幼少時の体験も踏まえ、そう考える。

 「子どもたちとサッカーをすると、いつもオレの方が逆に元気をもらうんよ。あのキラキラした瞳には、とてつもない力があるんよね」。子どもたちの笑顔が持つ力を信じて、柏木は被災地のために走り続ける。【塩畑大輔】