よくある食事会のつもりだった。8月。浦和DF槙野智章(29)は知人に提案され、あるアスリートと夕食をともにすることになっていた。

 あらわれたのは、バスケットボールの松井啓十郎(30)。かつてはコロンビア大学で、日本人男子初のNCAA1部でのプレーを果たしたこともある、現役の日本代表だ。

 自己紹介もそこそこに、話題は9月のBリーグ開幕になった。槙野は松井から聞くまで、2つのリーグが統合され、男子バスケ界に新しいリーグが誕生することを、あまり意識していなかった。だがこの日、松井の言葉の「熱」をもって、バスケ界に大きなうねりが起きていることを知った。

 「Bリーグ開幕までの経緯、それから松井さんがどうやって盛り上げようとしているのかを聞かせていただいた。その上で『槙野さんはどういう考えで、Jリーグを盛り上げていますか』と聞かれました。正直僕は、単なる食事会かと思っていたんですが」

 ファンサービス。イベントへの参加。メディア、SNSを通した働き掛け。実に幅広く、エネルギッシュに、槙野はサッカーの魅力を世に広める努力を続けている。それがバスケ界にも伝わっていたのは、純粋にうれしかった。そして頼られれば応えたいと思う「おとこ気」もある。

 松井の問い掛けに、槙野も熱っぽく答えた。一番大事なのはファンとの距離を縮めて、思い入れを持ってもらうこと。そうすれば、欧州サッカーや日本代表とは違う軸で、いつも応援し続けてもらえる。それこそがJリーグ、そして日本のサッカーの活路だ、と。

 「サッカーもバスケも、プロともなればうまい選手はたくさんいる。そこで大事なのは、スタンドやテレビの前のファンに『あの選手は面白い』と思い入れをもってもらえるかどうか。そのために自分はゴールパフォーマンスも考えるし、中継カメラの位置も事前に把握している。そんな話をしました」

 9月22日、Bリーグ開幕戦での再会を約し、食事会は終わった。

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 それから槙野は、開幕が近づくBリーグに関する報道を、意識してチェックするようになった。各地でイベントが行われ、選手たちが積極的に開幕戦の告知に携わっていた。機運が高まり、街が盛り上がる。

 「スポーツで日本を明るくしたい、盛り上げたいというのは僕にもあります。お互い日本各地にチームがあるので、街おこしにつながればいいなと。ニュースで各地の選手が、Bリーグ開幕を盛り上げる運動をしているのをみて、むしろ僕らももっと頑張らないといけないと思わされました」

 時を同じくして、プロ野球で広島が25年ぶりにリーグ優勝を果たした。故郷広島が沸く様子は、人づてに槙野にも伝わってきた。

 当日は鳥栖とのリーグ戦で、優勝決定を見届けることはできなかった。だが翌日は練習後に東京ドームに向かい、優勝一夜明けのチームとファンの様子を目に焼き付けた。

 そして9月22日。Bリーグ開幕戦の会場、東京・国立代々木競技場。LEDビジョンを埋め込んだコートなどの豪華な演出以上に、槙野の胸に残ったのは、各選手の姿勢だった。

 「琉球の選手で、僕と同じように両足違う色のシューズを履いている選手がいた。それぞれが自分の個性を出して、試合を盛り上げたいというのが出ていました。シュート決めたら、自分なりのパフォーマンスをみせる。控えの選手も、一斉にベンチを飛び出して、派手にリアクションをする。とても一体感があるなと感じました」

 第4クオーター終盤。琉球がベテラン喜多川らの活躍で、東京を猛追した。点差を14から3まで縮めると、会場には「ゴー、ゴー、キングス!」の大合唱が巻き起こった。

 「沖縄から来たみなさんが、試合を飲み込んだ。プレーに感化して、スタジアム全体を巻き込んでいった印象でした。僕も松井さんを応援にいったのに、自然と琉球も応援してしまいました」

 勝敗以上の感動があった。試合後、槙野は間髪入れずにブログを更新した。「最高に盛り上がり、最後の最後まで手に汗握る展開…」。つづった言葉に、興奮がにじんだ。

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 僕らももっと頑張らないと。素直にそう思った。槙野は振り返る。

 「A東京のギャレット選手などは、NBAでのプレー経験もあるとのことですけど、大物ぶったような様子はなかった。聞けばNBAで思うように活躍できなかった分、何としても日本で結果を残したいと思っているそうで、そういう気持ちが伝わってきた。日本人選手と同じ土俵で、一緒にこのリーグを盛り上げたいという気概を感じた。そういう風に、すべての選手が、この日をきっかけにしようと全力で動いていた」

 サッカー以上に「競技自体を何とか広めたい」と必死だった。サッカー選手にも、もっとできることがあると、槙野は考えた。

 「Bリーグは川淵さんたちの仕掛けが素晴らしくて、メディア、タレント、アーティストを巻き込んで盛り上げられるように、万全の準備がなされていた。そういう力を借りつつ、選手ができる一番のことは、やはりファンとの距離を縮めること。松井さんからも、選手たちがチケット配ったりとか、イベントに出向いたとかいった話を聞いた。サッカーは日程的に難しい部分もあるけど、もう少し周りと協力しながら、競技の魅力を広める活動をしないといけないと思います」

 船出の時を迎えたBリーグ。そして大会方式や中継のあり方などを模索し、岐路に立つJリーグ。2者に共通する「目指すべきところ」を、槙野は見据えた。

 「Bリーグ開幕戦は、あの場にいられて幸せでした。なかなかない貴重な経験です。ただ、やはり開幕戦だけじゃない。サッカーもそう。開幕戦、優勝争い、それから日本代表の試合だけに集まるのではなく、毎週末に『試合を見に行きたい』と思ってもらえないと。試合がある日は、街の通りから人影が消えるくらいに盛り上げたいです」

 浦和は第2ステージ首位、年間勝ち点でも首位川崎Fに2ポイント差という好位置から、悲願のリーグ制覇を目指している。槙野はタイトルと同時に、中長期的なファン層拡大も見据える。

 「これから負けられない試合が続きます。そこにたくさんのお客さんを呼んで、勝つことはとても大事。でもそれと同時に、来年以降もお客さんを呼べるような取り組みが、今こそとても大事になる」

 タイトルをかけた大一番をきっかけに、いかにJリーグの試合を継続的にみてもらえるようにするか。

 開幕フィーバーを、いかに「バスケ観戦文化」定着につなげられるか。

 JリーグもBリーグも、今こそ勝負の時だと、槙野はとらえる。手を携え、スポーツの力で日本を活気づけるためにも、まずは浦和とJリーグにファンを呼び込む。【塩畑大輔】