さして強そうに見えない背中が、屈強なDFの圧力を簡単にはね返した。

 前半7分。浦和FW興梠慎三(30)はロングパスに抜け出し、ゴールに迫った。途中で左足に持ち替え、右後方から迫る新潟DF舞行龍ジェームズを、右背面で受け止める。

 身体をねじ込みにかかられたが、びくともしない。逆に相手がバランスを崩した。余裕を持って、左足でシュートを決めた。

 興梠と舞行龍ジェームズでは身長で10センチ、体重で10キロも違う。なぜ、小さく細い興梠が競り勝てるのか。

 柔よく剛を制す。そんな言葉が想起される。日本古来の武術を研究する方条瞬刻(ほうじょう・とものり)さん(源武術甲章主宰)が、興梠の動きを分析してくれた。

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 方条さんは「オシムを日本に連れてきた男」として知られる祖母井秀隆氏に求められ、日本各地でのサッカー教室や指導者講習会に同行し、身体の効果的な使い方について指導をしている。

 その方条さんが身体の使い方について「とても目につきます。素晴らしい」とうなったのが興梠だった。

 方条さん 足の使い方がとても武術的。古武術では地面を移動する際、大地を蹴らないように意識をします。移動エネルギーを大地に逃がさないためです。以前「なんば走り」が多くの方に知られるようになりましたが、ああいうイメージ。足元をフラフラさせ、重心移動で身体を運ぶ。興梠選手はそれがとてもスムーズ。まるで氷面をスケートで滑っているかのようです。エネルギーが地面に逃げない分、接触プレーでぶつかった際に、きれいに相手に伝わります。だから当たり負けない。

 五分五分の状態で、正面からぶつかりあった時だけではない。一回り以上大きい舞行龍ジェームズに、斜め後方から当たられても、興梠の体勢は崩れなかった。方条さんは接触プレーの際、身体の軸がぶれないことに着目する。

 方条さん 彼は相手と強く接触した時も、必ず身体の軸が真っすぐなままに保てています。これなら自分の身体の質量エネルギーを、無駄なくきれいに相手に伝えられる。かなりバランス感覚に優れているのだと思います。武術の本質は自分のバランスを保ちつつ、相手のバランスを崩し、身体の軸を傾けて力を出させないこと。それができれば、体格差を克服して、相手を凌駕(りょうが)できます。

 興梠はかつて、そうした才能を柔道で証明することもあったという。高校時代、体育の授業で柔道をした際には、100キロ前後の大柄なクラスメートを軽々と投げ飛ばしていた。

 また、いい意味での力感のなさも、バランスの良さにつながっていると、方条さんはみる。

 方条さん 現在の日本のスポーツ界に広まっているのは、西洋の軍隊式に由来するトレーニングです。筋肉優位に身体をつくるので、頑張れば頑張るほど、日本人がもともと持っている武術的なバランスが失われてしまうという側面があります。

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 自由気ままな興梠は、クラブチームや部活などで本格的にスポーツをすることなく、高校1年まで過ごした。英才教育を受けなかったことが、かえって武術的な感覚を備えた「希少種」として大成することにつながったのかもしれない。

 興梠は8月のリオデジャネイロ五輪にオーバーエージ枠で出場した際も、欧州王者スウェーデンの屈強DFを相手に、当たり負けせずポストプレーをこなして攻撃の起点になった。

 球際の強さは、世界の舞台でも通用した。確かに、日本代表のハリルホジッチ監督などが求めるプロセスとは違う。しかし興梠は興梠のやり方、いわば「純和風デュエル」で球際を制する。【塩畑大輔】