試合終了直後。「浦和の第2ステージ優勝が決定しました」とアナウンスされると、浦和MF柏木陽介(28)は両手で小さくガッツポーズした。

 「点がなかなか取れなくても、みんな落ち着いてプレーできとる。チームとしてやっと成長できた。その中で自分の良さも出せている」。取材に応じる言葉にも、自信がにじんだ。

 リーグ優勝した06年以来、10年ぶりのリーグ戦6連勝。第2ステージ優勝も決まった。長短のパスを駆使し、攻守のリズムをつくる柏木のプレーは、磐田戦でも際だった。

 しかし実は、事前には「出場は微妙」とみられていた。15日のルヴァン杯決勝で左足首を捻挫。そのまま延長戦までフル出場したこともあり、痛みは長引いていた。

 27日の練習後には、報道陣の問い掛けに「ホント痛い。正直ムリかもしれん」と答えていた。それが同日夕刻には「急にようなったわ。これならいけるかもしれん」と周囲に笑顔を向けた。その間、数時間。一体何があったのか。

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 「あの人はすごい人よ。今回あらためて思ったわ」。柏木が感謝したのは、野崎信行さん。浦和でけが人のリハビリなどを担当しているアスレチックトレーナーだ。

 柏木が言うには、施術を受けたとたん、あっという間に足首の腫れが引き、痛みも消えたという。「しかも、足首にまったくさわらへんわけよ」と興奮気味に言う。

 野崎さんに聞いてみた。「そんなことを言ってたんですか。まあ、そんな大げさなことじゃないんですけどね」。照れたように笑いつつ、施術について説明してくれた。

 人体には、患部に体液を集中させ、回復をはかる働きがある。捻挫をした場合、関節を包む膜の中を体液が満たす。回復するにつれ体液は周囲に散っていくが、けがをした方の足をかばって歩いたりすると、周囲の筋肉が張って体液の拡散を妨げる。

 「そうすると内圧が高まって、腫れや痛みが長引くことになるんです。そういう時は、周囲の筋肉をほぐして、体液が流れるようにしてあげる。そうすると割とすぐに腫れが引き、痛みも消えます。柏木くんは捻挫の経験がないということだったので、今回の施術の効果にも新鮮な驚きがあったのでしょう」

 基本的な治療と、野崎さんは言う。だが患部に一切触れずして、腫れを引かせる施術は見事。受けた柏木が「マジック」と感じるのも無理はない。

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 しかし本当の「野崎マジック」は、シーズンを通してけが人をほとんど出さなかったことだ。

 今季の浦和はアジアチャンピオンズリーグで、昨年度王者の広州恒大(中国)と1次リーグで同組という“死のグループ”を突破。決勝トーナメントに進出した。

 その分、リーグ戦の消化が遅れ、夏場には週2試合ペースの連戦を強いられた。同様の日程になった東京が、現在年間勝ち点10位に沈んでいることからも、負荷の大きさは分かる。普通なら、疲労の蓄積から、筋肉系の負傷などが頻出してもおかしくない。

 しかし今季の浦和は、接触プレーなどに伴う不可避のケガがほとんど。筋肉系の負傷は、常時日本代表の活動を掛け持ちしていたDF槙野が、9月に太もも裏を肉離れしたくらいだ。

 野崎さんは「戦術的に成熟してきて、走行距離やスプリント数が無駄にかさまないようになってきた。医学的なデータもきめ細かく取っている。負傷者が少ないのは、そうしたさまざまな要素が関係している」としつつ、予防トレーニングの効果について言及した。

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 オフ明けの浦和は、必ずバランスボールやゴムチューブを使ったトレーニングを行う。

 Mobility(可動性)Stability(安定性)Coordination(協調性)Strength(強さ)の頭文字を取った「MSCSトレーニング」と呼ばれる。

 春先のキャンプから合計すると、今季はすでに50回近く実施されているが、毎回同じメニューを課するところがポイントだ。

 筋肉を強化したり、可動域を広げたりして、ケガを未然に防ぐ効果だけではない。

 毎回必ず同じ動きをするからこそ、普段と違う身体の張り、違和感といった「変化」に、すぐに気付くことができる。

 「痛みや違和感は、数字などに現れないから難しい。触診だけでは分からないこともある。だからこそ、本人に自覚してもらうことがとても大事」

 少しでも違和感があれば、必ず訴えるように徹底している。すぐに対応すれば、コンディションの低下や大きなケガを、未然に防ぐことができる。

 張り、違和感を自覚させることで、各自のコンディショニングに対する意識も、自然と高まってきた。

 浦和では試合前日にもかかわらず、MF阿部やFW興梠ら主力が最終調整のハーフコートゲームに参加せず、別メニュー調整をすることがある。

 「もしやコンディション不良で先発を外れるのか」とも思わせる。しかしそんな時ほど、彼らは翌日の公式戦でキレのよい動きをみせる。最後まで運動量を落とさず走りきる。

 言うまでもなく、オフ明けのMSCSトレーニングでの感触も踏まえて、調整法を工夫した結果だ。

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 「ペトロビッチ監督が、オフ明けの練習の方針を完全に任せてくださるのが、非常にありがたいです」

 野崎さんは笑顔でうなずく。現在、浦和は公式戦で11連勝中。特に試合後半、相手に比べて動きの良さが際立つ。

 選手たちも「先制点がなかなか入らなくても、失点さえしなければ最終的には勝てる」と自信を持っている。

 昨年までなら、攻めあぐねは焦りに直結していた。そして無理な攻めに出てはカウンター攻撃を受け、失点して敗れてきた。

 今年は違う。試合終盤になれば、必ず運動量や動きのキレで圧倒できるという確信がある。

 けが人の少なさ、コンディションの良さは、余裕を持った試合運びにもつながっている。

 シーズン終盤の失速癖。試合の主導権を握りつつ、大一番で敗れる勝負弱さ。それらが消えたのは、偶然ではない。メディカルスタッフの献身が、浦和に「勝ちきる強さ」を与えている。【塩畑大輔】