プレーバック日刊スポーツ! 過去の3月30日付紙面を振り返ります。1995年の3面は、名古屋グランパスが14人のPK戦の末浦和レッズを破ったことを報じています。

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<J1:浦和0(PK9-10)0名古屋>◇第4節◇29日◇国立競技場

 浦和レッズ-名古屋グランパスはJリーグ史上最長の14人に及ぶ壮絶なPK合戦で決着した。120分の死闘でも勝負がつかず、両チーム無得点のまま突入したPK戦は、浦和土田尚史(28)、名古屋伊藤裕二(29)両GKの踏ん張りで、14人目まで突入。最後はブッフバルト(34)のシュートを伊藤が止めてジ・エンド。10-9で名古屋が今季初勝利を挙げた。

 歴戦を戦い抜いてきた両GKが、ともに思考力不能に陥った。Jリーグ史上最長のPK合戦はそれほど長く、壮絶なバトルだった。

最初に勘違いしたのは土田だった。名古屋5人目の浅野哲也(28)のシュートを左に飛んで止めた。「勝ったと思った。でも、振り向くとだれもこっちに来ない。カウントを間違えたんです」。伊藤は名古屋9人目の平野孝(20)が外した瞬間に「負けたと思った」「ところが浦和が次を蹴ってくる。“ラッキー”と思いましたよ。これで気が楽になりました」。

 J史上最長の“11メートル(PKマークからゴールラインまでの距離)”の戦いは、その後も両チーム一歩も引かない。9人目と10人目はともに、先攻の名古屋のPKを土田が止め、その直後に伊藤が浦和のシュートをはじき飛ばした。ベテランGKの意地とプライドをかけた激闘に、4万4464人で埋まった国立競技場が何度もため息に包まれた。

 1巡目の最後、11人目のキッカーはともにGKになった。伊藤、土田がこれを難なく決める。とうとう2巡目に突入した。これを境に、会場から緊迫した重苦しい空気が消えた。歴史的バトルは、選手たちの健闘をたたえる拍手喝さいの中で、振り出しに戻った。

 決着は14人目でついた。先攻の名古屋トーレスが決めて10-9。ここで浦和は1回目で外しているブッフバルトが登場した。ゴール右へのシュートを、伊藤が飛び込んでヒザに当ててクリア。死闘を制しての今季初勝利に名古屋イレブンが飛び上がって抱き合う。浦和も悪びれずに「こんなにつらくて、悲しいことはないよ」と、うなだれるブッフバルトを慰めた。

 試合後、名古屋のベンゲル監督(45)は「この勝利で選手が自信を持ってくれたことが一番大きい。やれば、できるということを感じてくれたはずだ」と笑みを浮かべた。一方、浦和のオジェック監督(46)も「結果以外については満足しているよ」と、笑顔で健闘した選手たちをたたえた。

 ◆ルーキー土橋痛恨

 前半終了間際、ゴール正面ノーマークのシュートチャンスを逃したルーキーの土橋正樹(22)は、PK戦でも4人目に登場し、失敗してしまった。「狙い過ぎたのかもしれない。PKは弱気になったわけではないんだけれども……」と3戦連続スタメン出場のチャンスを生かせず、がっかりしていた。

 ◆一挙に5人更新

 浦和対名古屋のPK戦はお互い14人ずつが蹴り合い、名古屋が10-9で勝ち、最下位脱出となった。これまでのPK戦は1993年(平5)5月26日の清水7-6G大阪、同8月7日の横浜M8-7鹿島、今年3月18日の川崎7-6平塚の9人ずつが最高で、これを一気に5人も上回った。ちなみに高校サッカーでは87年(昭62)1月6日、室蘭大谷(北海道)が黒崎(現鹿島)率いる宇都宮学園(栃木)と15人ずつ蹴り合い、15-14で勝ったケースがある。

 また、この試合では11人目に両チームのGK伊藤(名古屋)土田(浦和)がPKを蹴った。JリーグでGKがPKを蹴ったのは93年の真田(清水)が2回だけ。真田は2回とも成功しており、GKは4回すべて成功したことになる。真田はサドンデスではなく、1人目や4人目で登場している。

※記録と表記は当時のもの