鳥栖は8日、7日付で尹晶煥監督(41)の退任を発表した。首位チームの指揮官がシーズン途中で退くのは異例だが、過去には以下のような指揮官の「珍」交代があった。
◆首位のまま退団
95年に横浜Mの監督に就任したソラリ監督は大胆な若手起用を成功させ、第1ステージ16節まで首位に立っていた。だが、体調を崩したため、母国アルゼンチンに帰国。就任から4カ月で退団した。
◆優勝決定後に辞意表明
浦和のオフト監督は、03年11月のナビスコ杯優勝決定後の記者会見で、フロント批判を展開した末、突然の辞意を表明した。「今シーズンが終わったらこのチームから離れる。今、選手にも伝えてきた」。
◆J1最速就任2戦で交代
04年のC大阪はムズロビッチ監督を新監督としたが、開幕2連敗でスピード解任。J2では06年横浜FCの足達勇輔監督が開幕戦1試合だけで解任され、高木琢也監督が引き継ぎ、チームは優勝。J1昇格を決めた。
◆寝耳に水
磐田の山本昌邦監督は、06年6月のナビスコ杯準々決勝横浜戦での敗戦後、辞意を表明。選手やスタッフにも試合後に伝える電撃ぶりで、右近弘社長も「寝耳に水」と話した。同7月からアジウソン監督が指揮した。