シリアサッカー界の宝が、ドイツで難民生活を送っていることが分かった。ニューヨーク・タイムズ紙が報じた。

 昨年タイで行われたU-16アジア選手権でシリアをベスト4に導いた主将のモハメド・ジャドウ(17)が内戦を避け、家族らとともに国外に脱出。

 現在はオーストリアとスイスの国境に近いドイツ・オーバーシュタウフェンで難民として暮らし、週3回、同国5部ラーベンスブルクで練習をさせてもらっているという。

 アジア選手権で4強に進出し、シリアは今年チリで開催されるU-17W杯への出場権を得た。だが同大会でジャドウの姿を見ることはない。

 U-17W杯は、セスク(チェルシー)やクロース(Rマドリード)ら、多くのスター選手を輩出している、いわばビッグクラブにとっての“見本市”。ここで活躍することが、将来のステップアップに直結する。

 だがジャドウはその夢を一時凍結させてまでも、まずは「生きる」という道を選んだ。

 国連の調査によると、シリアでは11年以降、1160万人もの人々が、内戦を避けるために母国から脱出しているという。

 ジャドウも約5600キロの距離を2カ月もかけて旅し、現在暮らす場所に落ち着いた。その間、「僕はこの目で死を見てきた」という。

 ジャドウは地中海に面するシリアの都市ラタキアで育った。「世界で最も美しい場所」と胸を張るその街で才能を見いだされ、サッカーに明け暮れる日々を過ごしてきた。

 だがシリア騒乱が激化するにつれ、サッカーをプレーすることが困難になってきた。

 所属クラブのバスが2度襲撃され、反政府勢力からは「代表チームでプレーすることは、大統領の味方だということだ」と脅迫を受けた。サッカー場を爆破されたこともあったという。

 ジャドウの父は自宅を売却し、1万3000ドル(約163万円)の資金を捻出。陸路でトルコへ密入国し、さらに船で5日かけてイタリアへと渡った。

 密入国者であふれていた船は沈没しかけ、重量を減らすため、持ち物はすべて海へ投げ捨てた。「入ってくる水を手でかきだし続けた。だから1秒たりとも眠れなかった。もし寝たら、溺れ死んでいただろう」とジャドウ。

 船がイタリアの海軍に発見されてイタリア入国を果たすと、残っていたお金をすべてミラノの密入国業者へ支払い、車でミュンヘンに渡った。そしてオーバーシュタウフェンへとたどり着いた。

 ジャドウを練習に招いたラーベンスブルクのコーチは「ウチの選手たちは驚いていたよ。『次のシーズン、絶対に彼を獲得すべきだ』と言っていた」と話す。すでにブンデスリーガのクラブからも「ジャドウを見たい」と興味を示されているという。

 苦労のかいあって、ジャドウの人生は少しずつハッピーな物語へと変化してきている。ただ、シリアにはまだ母親らが残されており、ジャドウ自身もドイツでの公聴会の結果いかんでは、同国で暮らせなくなる可能性もあるという。

 才能のある若者だけに、一刻も早く何の不安もなくサッカーに集中できる環境が提供されることを願ってやまない。

【千葉修宏】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「海外サッカーよもやま話」)