アルゼンチン代表FWリオネル・メッシ(29=バルセロナ)が代表からの引退を表明した。決勝のチリ戦に先発フル出場。延長も含めた120分間で決着がつかず、0-0でPK戦に突入。1人目のキッカーでゴール右上に大きく外し、チームもPK2-4で2大会連続準優勝に終わった。落胆したエースは試合後「これで代表では終わり」と引退を明言した。チリは2大会連続2度目の優勝を果たした。

 涙があふれてきた。チリの5人目がPKを決め、アルゼンチンが準優勝に終わると、メッシはぼうぜんと遠くを見つめた。ベンチに戻って座り込むと動けなくなり、視線はどこかをさまよった。それでも泣く姿だけは見せずにいた。だが表彰式になるともうダメだった。喜ぶチリの姿に悔し涙があふれた。上を向き、涙が流れ落ちるのを耐えるのが精いっぱいだった。

 120分間の全力プレー後にPKを外しても責めるものはいない。だが主将としての責任感がメッシを押しつぶした。ロッカー室でも、仲の良いアグエロが「あんなに暗い様子だったレオは初めて」というほど落ち込んだ。そして出た結論が「代表引退」だった。

 メッシは「これで代表では終わりだと思う。王者になろうと努力したけど、かなわなかった」と明言。スペインAS紙の取材にも「自分はこれで4回決勝で負けている。しかも3連続でだ。本当に残念だが、これが現実。引退の決断は多分、今後も変わらないと思う」と、悔しさを吐露した。

 14年W杯、15年南米選手権、そして今大会と主要大会3連続準優勝。「シルバーコレクター」とからかわれ「メッシは呪われている」と言われた。母国の英雄マラドーナ氏には「もし決勝で負けたら国に帰ってこなくていい」と過激なエールを送られた。代表でのプレッシャーは計り知れず、潮時と考えても不思議ではなかった。

 ただ、敗戦だけが引退の理由ではないと見るむきもある。メッシは大会前からアルゼンチン協会へ、待遇面などで不満を漏らしていた。今大会でも決勝の地への移動便が遅れると、協会の手際の悪さを指摘した。

 この日、アグエロは「引退するのはメッシだけじゃない」と明かし、自身に加え、イグアインやマスケラーノら主力が代表引退を考えていると説明した。これは協会へのけん制ともとれる発言だ。環境さえ整えば、メッシがもう1度水色と白のユニホームに袖を通す可能性はある。まだ29歳。身を引くには早すぎる。

 ◆リオネル・メッシ 1987年6月24日、アルゼンチン・ロサリオ生まれ。13歳でバルセロナに入団し、17歳だった04年10月16日のエスパニョール戦でスペインリーグデビュー。05年に代表デビューし、通算55点は同国最多。バロンドールは史上初4年連続を含め5度受賞。170センチ、72キロ。

<メッシ代表アラカルト>

 ◆デビュー戦で退場 当時のペケルマン監督に認められ、18歳だった05年8月の親善試合ハンガリー戦でA代表デビュー。しかし途中出場して2分後にユニホームをつかんできた相手にひじうちを見舞ったとして退場。ロッカー室では涙した。

 ◆史上最年少 W杯ドイツ大会2戦目のセルビア・モンテネグロ戦で、アルゼンチン代表として史上最年少(18歳357日)W杯デビュー。ペケルマン監督はメッシのことを「宝石」と評した。

 ◆批判 07年南米選手権決勝では0-3でブラジルに完敗。だがメッシが若かったことと、大黒柱リケルメがいたため、批判は受けなかった。10年W杯南アフリカ大会では準々決勝ドイツ戦に0-4で敗れ、自身も無得点で批判にさらされた。11年南米選手権でも準々決勝ウルグアイ戦に敗れ、自身も無得点。「メッシは代表では輝けない」という評判が定着した。