英国でも少なからず話題を集めた、大坂なおみのテニス全米オープン優勝。決勝後の「謙虚」な勝者たる姿が、国籍を超えてたたえられた理由の1つだった。

同じ頃、正反対の理由でけなされていたのがジョゼ・モウリーニョ。マンチェスター・ユナイテッド指揮官が、トットナムとのプレミアリーグ第3節(0-3)後の会見で「私は世界で最も偉大な監督の1人だ」と語り、報道陣に「表敬」を求めてから2週間とたっていなかった。元々、自信家として知られるモウリーニョだが、今回は自己陶酔が尽きない「ナルシシスト」とまで国内メディアで言われていた。

しかし、トットナムに敗れた後の大物監督には、テニス界の新ヒロインとの共通点もあった。周りがどれだけ騒ごうとも我を見失わず、やるべき仕事に集中する冷静さだ。

問題の試合後会見での言動には、プレッシャー下でうろたえているとの見方もある。だが、右手の指を3本立て、当日のスコアが「通算3度のプレミア優勝」という自らの経歴をも意味していると主張しながら会見場を去る姿に、思わずニヤリとしたのは筆者だけではなかっただろう。以前から「会見も試合の一部」とのスタンスで利用するモウリーニョらしかったからだ。否定的な質問しか出てこないと思われた会見を、とっさに「優勝3回は他チームの監督19名の合計よりも多い」と、トットナムを率いるマウリシオ・ポチェッティーノを含むライバル監督勢に軽くプレッシャーまで掛けて一方的に締めくくるとは、政界の要人のようにスピーチライターでもスタッフに抱えているかのようだ。

続く第4節バーンリー戦前の会見では、「今後も偉大な監督であり続けられるのか?」との問いに、ドイツ人哲学者ゲオルグ・ヘーゲルの著作「精神現象学」からアイデアを拝借し、自身のプレミア計3冠の真価を弁証している。その是非はともかく、年内監督交代の可能性も指摘され、ポイントを落とせばさらにプレッシャーが増す格下との対戦を前に、ツイッター界のトレンドを含め、周囲の意識をヘーゲルに向けることのできるプレミア現役監督などモウリーニョぐらいだろう。

「ナルシシスト」と呼ばれた理由には第3節後にスタンドの前でしばし立ち止まり、サポーターへの感謝を表現したメロドラマ風なシーンもあった。だがこれも、ホームで敗れてもチーム支援を惜しまない集団への純粋な感謝に加え、モウリーニョならではの計算があったとすれば、その効果はてきめんだ。

そもそも、ハードコアなマンUファンは、その前週のアウェーゲームで敗れた際にも、指揮官の名を連呼して支持を示していた。イングランド北西部の地元から遠い国内南東岸でのブライトン戦(2-3)は、後手に回ったふがいない敗戦だった。これに対し、後半にセンターバック(CB)陣のミスが失点を呼ぶまでは積極姿勢が評価できたトットナム戦で、指揮官から存在の重要性を改めてたたえられたファンは、取りこぼしが許されなかった敵地でのバーンリー戦で以前にも増して「モウリーニョ軍団」への支持を表明。背中を押されたチームは、今季の出足が鈍かったロメル・ルカクが2得点を上げ、本領発揮が待たれるアレクシス・サンチェスも両得点機に絡んで結果を出し(2-0)、下手をすれば暗く長いリーグ中断期になりかねなかった9月上旬の国際マッチ週間を、前向きなムードで迎えることに成功した。

モウリーニョは、より直接的に監督としての仕事をしてもいる。バーンリー戦では、ボランチでのマルアン・フェライニ先発起用が奏功。空中戦で無類の強さを発揮するMFは、フィジカルな相手センターFWクリス・ウッドの前に力負けが心配された自軍CBコンビを守るボディーガードのごとく完封勝利に貢献した。

こうした一連の様子を眺めながら脳裏に浮かんだのが、「負けたと思ったら、その時点で負け」というフレーズ。哲学に疎い筆者は誰の言葉なのかを知らないが、若い頃に読みあさったブルース・リー関連の本で引用されていた哲学的ポエムの一文だ。メディアにも識者にも、「謙虚」になれないモウリーニョに「敗北」を告げたがっている向きが増えている。だが、当人は「負けた」などとは思っていない。「ゲーム、セット、マッチ」とばかりに、就任3年目のマンU指揮官に「試合終了」を告げるにはまだ早い。(山中忍通信員)

◆山中忍(やまなか・しのぶ)1966年(昭41)生まれ。青学大卒。94年渡欧。第2の故郷西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を時には自らの言葉で、時には訳文としてつづる。英国スポーツ記者協会及びフットボールライター協会会員。著書に「勝ち続ける男モウリーニョ」(カンゼン)、訳書に「夢と失望のスリー・ライオンズ」(ソル・メディア)など。