開幕から丸3カ月。今季プレミアリーグでは、優勝候補筆頭のマンC、対抗馬と目されるリバプール、そしてダークホースとなり得るチェルシーのトップ3が、いずれも負け知らずの状態で11月2週目の12節を終えた。

ただし、4位トットナムを3ポイント差で追う、5位アーセナルの「連続無敗」も見落とせない。ポイント連取が始まったのは、開幕2試合でいきなりマンCとチェルシーに敗れた後ではある。攻撃を身上とするチームでありながら、3節以降も前半にリードを奪えたリーグ戦がないことも事実。それでも、2連敗スタートからの立ち直りと、最終的には結果を出すしぶとさが、「トップ4候補外」という世間の下馬評を打ち消した。かく言う筆者も、長すぎたアーセン・ベンゲル前体制が昨季6位で終焉(しゅうえん)を見て間もないチームへの認識を改めた1人だ。

得点数では、マンCとチェルシーに次ぐリーグ3位の今季アーセナルでは、呼吸が良くなり始めた、ピエールエメリック・オバメヤンとアレクサンドル・ラカゼットの両FW、トップ下で生き生きとプレーするようになったメスト・エジルら、攻撃陣がスポットライトを浴びてきた。そうした主力の手綱さばきや、積極的かつ効果的なベンチワークで、ウナイ・エメリ新監督の評判も高まっている。だが、最も重要な昨季までとの違いは中盤中央の頼もしさだろう。具体的には、今夏にサンプドリアから移籍した新ボランチ、ルーカス・トレイラの存在だ。

ベンゲル時代終盤のアーセナルは、「腹筋」の弱さが大きな問題だった。中盤が強度不足のチームは、強豪対決では押し切られる試合が多く、格下との対戦でも先手を取られると崩れ去ってしまうことがあった。メディアでは、「常に土手っ腹に穴が開いている」とまで言われたほどだ。2年前に獲得されたグラニト・シャカも解決策にはならかった。攻守のバランス感覚が良いとは言えず、タイミングを逸したタックルに対する警告も目立ち、中盤の底には不向きとさえ思われた。

ところが、トレイラとのダブルボランチが定着した今季は、自身の短所を長所に持つ相棒が安心感を与えてくれるピッチで、シャカが伸び伸びとプレーできるようになり、特に攻撃面では持ち前のパス能力を発揮する姿が頻繁に見られるようになっている。身長166センチ、体重60キロと、センターハーフとしては小柄なトレイラだが、アーセナルは持久力も十分な「使える筋肉」を「腹部」に得たようなものだ。

プレミアでの初先発は6節エバートン戦(2-0)まで待たなければならなかったが、その後はリーグ戦で不動のスタメンとなり、安定感も抜群。大勝した8節フラム戦(5-1)でも、個人的には、インターセプトを繰り返していたトレイラにチーム最高の評価を与えたかった。先制されながらの引分けが続いた、10節クリスタルパレス戦(2-2)からの3試合では、例えばテレグラフ紙でも、チームのフィールド選手中で最高の評価を受けている。去る11日の12節ウルバーハンプトン戦(1-1)では、コンビを組むシャカの軽率なプレーで許した失点を取り消すべく、チームのエンジン始動が待たれた後半に自らのミドルで相手GKのセーブを呼ぶなど、フルタイム4分前にヘンリク・ムヒタリアンの同点ゴールが生まれる前から、「負けない」との気迫を攻守両面のプレーで最も強く発していたのがトレイラだと感じられた。

アーセナルのファンも同感なのだと気付いたのは、前週リバプール戦(1-1)でのこと。前半32分、エミレーツスタジアムの観衆がどよめいた。トレイラが、スライディングタックルでモハメド・サラーへのパスをカットし、続いて、ドリブルに入ろうとしたサディオ・マネの前に力強く体を入れると、バランスを崩して倒れる相手からボールを奪い取ったのだ。アーセナルのホームで、劣勢中の守備にファンが歓声を上げる場面など、近年ではあまり目撃できなかった。

後半早々の52分には、トレイラをたたえるチャントも耳にした。相手ボランチのファビーニョが警告を受け、アーセナルのボランチが肘打ちを食らった耳をさすりながら立ち上がった時のことだった。「ト~レイラ、ウォ・ウォ・ウォーオ!」と始まるチャントの、「ヴォラーレ」から拝借したメロディーは、かつてパトリック・ビエラに歌われたチャントと同じ。名字が韻を踏むからと言って、ファンが軽々しくチャントを再利用したとは思えない。ビエラは、04年のプレミア無敗優勝を含むベンゲル時代最盛期に、アーセナルの中核として君臨したレジェンドなのだ。

新バージョンの歌詞は、「ウルグアイからやって来て、身長は160センチ台」と至ってシンプル。この点も、「セネガル生まれで、アーセナルでプレーする」と歌われたビエラの時と同じだ。大げさな表現など不要。チームの中央にいるだけで十分に頼もしい。そんなファンの思いが見える気もするトレイラのチャントは、エメリ率いるアーセナル新時代の序曲としても相応しい。(山中忍通信員)

 

◆山中忍(やまなか・しのぶ)1966年(昭41)生まれ。静岡県出身。青学大卒。94年渡欧。第2の故郷西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を時には自らの言葉で、時には訳文としてつづる。英国スポーツ記者協会及びフットボールライター協会会員。著書に「勝ち続ける男モウリーニョ」(カンゼン)、訳書に「夢と失望のスリー・ライオンズ」(ソル・メディア)など。