【フィレンツェ(イタリア)=波平千種通信員、バルセロナ(スペイン)=山本孔一通信員】日本代表MF中村俊輔(31)に衝撃が走った。エスパニョール主将のDFダニエル・ハルケ選手が8日(日本時間9日)、遠征先のイタリア・コベルチャーノで心不全により急死した。26歳。同日夕に宿泊ホテルの部屋で突然倒れ、搬送された病院で午後8時15分に死亡が確認された。チームは予定していた練習試合を中止し、本拠地バルセロナへ緊急帰国。ハルケ選手は新加入の中村を快く迎え入れてくれた、頼りになる同僚だった。
中村のエスパニョールを悲劇が襲った。クラブ生え抜きの選手でチームの精神的支柱だったDFハルケ選手が、突然、この世を去った。ポチェッティーノ監督が「今は何が起きたのか分からない。誰1人、彼の死を信じることができない」と言えば、デラクルス統括部長も「彼はこれまで1度も健康面に問題はなかった」と困惑を隠せない。また、中村も関係者に「信じられない…。ショックだ。自分はどうしていいのか分からない」と話したという。
チームは8日午前に非公開練習を行い、午後はオフにした。希望者はフィレンツェ観光に出かけたが、気分がすぐれないハルケ選手は宿泊ホテルの部屋にとどまり、静養に努めた。同日夕、妊娠8カ月の恋人との電話中に「具合が悪い」と話すと、会話が途切れてしまった。心配した恋人がチームメートに連絡。スタッフとチームドクターが部屋に入ったところ、ハルケ選手が意識を失い、床に倒れていた。すぐに近くの病院に搬送し、蘇生(そせい)措置が施されたが、午後8時15分に心不全による死亡が確認された。
詳しい死因を調べるべく、遺体は現地で解剖されるが、イタリア紙は「動脈瘤(りゅう)の可能性が高い」と報じた。
ハルケ選手はまさにチームの中心人物だった。少年時代からエスパニョールで育ち、各年代のスペイン代表で活躍。02年にはU-19(19歳以下)欧州選手権で欧州一に輝いた。26歳でクラブの主将に任命され、新加入した中村に対し、チームに早く溶け込めるよう、真っ先に手を差し伸べた人物だった。リブレ会長は「彼は人としても選手としても偉大だった。こんなことがあるなんて…」と絶句。主将を失ったチームは、深い悲しみに包まれている。
エスパニョールは9日に予定していた練習試合ボローニャ戦、12日の同リボルノ戦を中止し、バルセロナへ緊急帰国した。チャーター機は9日午後1時半すぎにバルセロナに到着。バスを滑走路に直接乗り入れ、メディアとの接触を遮断した。空港には50人近いサポーターが集まり、感激の拍手。涙を流す女性ファンの姿もあった。シーズン開幕前に、あまりにも衝撃的な出来事。数々のハードルを乗り越えてきた中村が、かつてない試練を迎えた。
[2009年8月10日8時46分
紙面から]ソーシャルブックマーク

