W杯ブラジル大会の公式球ブラズーカとは、いったいどんなボールなのか?

 10年アフリカ大会の「魔球」ジャブラニと何が違うのか?

 スポーツ工学を研究する筑波大学の人間総合科学研究科・浅井武教授(57)は、世界に先駆けてブラズーカの風洞実験を終了した。そこでデータを基に、2つのボールについて検証してもらった。

 W杯南アフリカ大会1次リーグ最終戦。日本代表FW本田の放った無回転シュートが、デンマークゴールを襲った。不測の軌道にGKは対応できず、魔球はゴールへと飛び込む。ジャブラニの特性が出た象徴的な場面だった。近年「ブレ球」は1つの武器として確立されているが、今回のブラズーカは少し様子が違う。

 浅井教授は「ジャブラニよりブレが収まっている。ブラせる、ブラせないという意味ではなく、比べると(ブレは)出にくい」と指摘した。そして空力特性を探った風洞実験(筑波大学スポーツ風洞)を踏まえ、研究成果のポイントを4つ挙げた。

 <1>抗力特性を探ると、ボール速度の中速領域(毎秒15~20メートル)においてジャブラニより空気抵抗が小さく、スピードが出やすい。ただし高速領域ではジャブラニが少し上回る。

 <2>20メートル前方のゴールへ初速・毎秒20メートル(迎角度10度)でシュートした場合、ジャブラニ(1・261秒)に対し、ブラズーカ(1・168秒)は約0・09秒早く、約10%以上大きい速度で到着。逆に初速・毎秒30メートルのパワーシュートの場合、ブラズーカ(0・751秒)はジャブラニ(0・737秒)より0・01秒遅く、約3%程度小さい速度で到達する。

 <3>ブラズーカの空気抵抗の特性として、中速領域を多用するパスのスピードを上げやすい。高速パスに適したボールと推測される。

 <4>毎秒20メートルの流速におけるボールの振動のデータが示す通り、無回転におけるブラズーカの揚力はジャブラニより小さい。不規則な変化が小さいことが予想される。

 つまりブラズーカは魔球ではなかった。むしろ規則的な軌道を取り、より正確性は高まったと言える。それはボールの構造にも起因する。

 従来、サッカーボールは六角形と五角形からなる32枚パネルで、多くの縫い目がボールの等方性を保っていた。だが06年ドイツ大会の+チームガイストは14枚、ジャブラニは8枚、ブラズーカは6枚と減少。減ればその分、ボールの凹凸が少なくなり、真球に近づく。ただボールの非対称性は高まり、無回転の場合、ボール速度が上がると「ドラッグクライシス」と呼ばれる急激な空気抵抗の落差が生まれやすい。そこでナックル効果が出てくるのだが、ブラズーカは違った。

 浅井教授

 (枚数が減った分)パネルの接合部分が長く、溝が深い。その深さがボール表面の層(境界層)を乱流化したり、乱流の渦の成長を促している。

 流体力学上、境界層が乱流化することでボール後流の渦が早くしぼみ、いったん不安定性は減少する。6枚パネルにもかかわらず、安定性では32枚パネルのボールに近いと言える。そこへジャブラニ同様、約430グラムと重量が軽く、遠くへ飛ぶ。ならば、選手のプレーにどういう影響をもたらすのか。

 浅井教授

 (シュートのような)高速領域も悪くないけど、中速領域が伸びる。ピュッ、ピュッ、ピュッというパス。速いパスワークが効いてくる。それに伴い、体、技術、判断といったスピードすべてが速くなる。昔と違って世知辛いサッカーだけど。

 本田の無回転シュートを期待するには、望むべくボールではないかもしれない。ただ、攻守に連動する日本のパスサッカーには望むところ。ここはボールを味方に、自分たちのスタイルを信じて“ブレず”に戦うだけだ。【佐藤隆志】

 ◆浅井武(あさい・たけし)1956年(昭31)9月12日生まれ、名古屋市出身。筑波大、同大学院修了。山形大地域教育文化学科助教授を経て、現在は筑波大大学院人間総合科学研究科コーチング学教授。専門はスポーツ工学。同大蹴球部の総監督も務める。<選手の反応>

 C大阪FW柿谷

 ボールは何でもいいです。アディダスのボールは使いやすいし、僕はあまり気にならない。サッカーボールなんで。

 C大阪MF山口

 最初はやりにくかったけど、今は慣れました。前回のW杯のボールのほうがブレる。ただ、大きな変化はないと思う。ACLのボールは、芝がぬれていないとかなり跳ねたりするけど、このボールはオーソドックスでノーマルな感じがします。

 C大阪、ウルグアイ代表FWフォルラン

 ボールは(大会ごとに)いつも変わるものだが、ブラズーカは美しい。技術が発達し、今のボールはよりブレる傾向がある。前回のジャブラニよりも今回のブラズーカのほうがブレはあると思う。ただ、どっちのボールが扱いやすいかではなく、我々は目の前のボールに慣れなきゃいけない。

 川崎F・FW大久保

 感触が分かりやすいというか、扱いやすい。無回転にもなりやすいね。蹴る瞬間に芯を食えば、ドーンと勢いよく飛んでくれる。