札幌に冬がやってきた。午前5時すぎ。薄暗く吐く息は白い。日本清酒の5代目杜氏(とうじ)、佐藤和幸氏(55)は真っ先に蔵へ向かう。ドアを開け、麹(こうじ)の香りを思いっ切り吸い込む。
「最初に香りをチェックします。昨日したことの確認。ええ、反省もありますよ」。
大学を卒業して30年、職人の世界で生きてきた。控えめで穏やか、そして清い。手がけた酒はその人柄に似ている。
「長い間、酒造りをやってきて、何をやっているのかと言われそうですけど」と前置きし、こう続けた。「今でも水に助けられています」。
こだわるのは「水」だ。名水が多いといわれる北海道の中でも、ここ札幌の水は特別だ。札幌には琵琶湖と同量の豊富な地下水があるという。使用する地下水は150年前の雪水がゆっくりと時間をかけて熟成されたものだ。ミネラルが多く、鉄分が少ない。仕事で同社を訪ねた取引先の業者は出された緑茶に驚きの声を上げた。この地下水は味を変えてしまうのだ。体に良いと効用が口コミで広まったこともある。
同社が位置する場所は札幌の中心地、大通公園から東に向かって徒歩10分の距離だ。札幌の一等地に広大な蔵、工場、本社を持つ。資産価値は計り知れないが、決して移転することはない。なぜか。
「この水は北海道で一番だと思います」。
金銭に変えられないものがある。北海道でもっとも都心といえる場所に「宝」は眠っていた。
1996年、一つの転機があった。「北海道の酒」をより意識した方向転換だ。「北海道でなぜ、本州の米の酒を飲むのか」という消費者の声もあった。本州産だった酒米も徐々に北海道産米に変えていく。コメは「堅く溶けなかった」。味に深みがでない。失敗の連続。契約農家と何度も話し合った。そして8年前「吟風」という北海道米が誕生。革命的な変化が生まれた。
「北海道は水が良い。そして気温が低く湿気が少ないため、雑菌が少ない。涼しいため、米作りに必要な農薬の量が圧倒的に少ない。寒冷地は酒造りに最適だと思います」。
試行錯誤のすえに、誕生したのが北海道限定の「千歳鶴・純米吟醸」「同・特別純米」だ。北海道のお酒は「きれい」と表現されることが多い。自信作を「きれいでうまいタイプです」と佐藤氏は言い切る。
創業135年の伝統と誇りだけではない。「吟風の魅力もまだ、引き出してきれていないかもしれない」。常に前進する開拓者精神がそこにある。
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大吟醸 吉翔 千歳鶴
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