其之参
一麹、二もと、三造り
「いい麹(こうじ)を造るのは難しく、今でも迷わないときはない」。全国新酒鑑評会9連覇の松本杜氏をもってしても、酒造りは難しい。麹は、蒸した酒米に種麹をふりかけ、温度管理をすればできるかもしれない。しかしイメージした酒を造れるかどうかの生命線となる麹を思い通りに造るのは別の高みが必要だ。「結局、一麹、二もと、三造りという伝統的な工程が、やはり正しいと思うのです」。松本杜氏は基本に忠実だ。
では、自分らしさは出すのか?
細かいところで、杜氏それぞれのやり方がある。例えばもとの取り方。温度やタイミングによって全然酒の味が変わってくる。経験と勘が全てのミリ単位の勝負がある。だから松本杜氏は言う。「機械を使う時代であり、使われる時代ではない」。最後は自分を信じること。それがいい酒を生む種となる。「特に最後の工程が難しい。どこで完成とするか」。一瞬の迷いが致命的だ。北陸3県(福井・石川・富山)の1番は獲れても、全国では通用しない。その怖さを16歳でこの世界に身を置いて以来、肌で感じて来た。
逆に杜氏としての喜びは?
「ありきたりかもしれないが、酒タンクがどれだけ空いているかが気になる。空いていれば順調に世に酒を送り出せたということ。つまり市場で飲まれているという証明。タンクが空く風景が喜びだね」。そんな松本杜氏は62歳で農業調整委員の理事に就任した。「全てがプラス。まだまだ勉強が必要」。全ての経験が、より旨い酒を造るための道標だ。「いい酒を造れば、自分としても気持ちよく酒が飲めるしね」。どこまでも人間くさい巨匠が挑む、玉乃光の旨さはどれほど極まるのか。今宵もお猪口片手に見果てぬ夢を追うように。(序章へ戻る)


