ダークホースが「花の2区」を制した。神奈川大の鈴木健吾(3年)が、1時間7分17秒で区間賞を獲得した。昨年2月の東京マラソン日本人3位の一色恭志(青学大)ら各校のエースを抑え、区間歴代8位の好走だった。10月の予選会で日本人トップの3位だった男が、チーム初となる戸塚中継所首位でのタスキリレーをもたらし、将来への可能性を示した。

 タスキを渡し終えた直後、鈴木は膝に手すらつかなかった。座り込み、肩で息をする一色の姿を背に、淡々と着替えを始めた。学生最強ランナーに区間39秒差をつけ、なおこの余裕。鈴木は「後半勝負だと思っていた。最後の坂の攻略法は根性。死ぬ気で走りました。区間賞は狙ってなく、驚きました」。17キロすぎにギアを入れ、後続を一気に引き離した。右足のまめがつぶれて出血しながら、勢いは最後まで衰えなかった。

 3年生ながら、昨年4月から主将になった。当初は4年生が主将だったが、けがと重圧で調子を崩した。反対意見もある中、選手間ミーティングで任命された。これまで主将の経験はなく、人前は苦手。チームに向かって話した後は吉野主務(3年)に「今の発言どうだった?」と聞く。言葉で引っ張る自信はない。結果で示すしかなかった。

 誰より走る。宇和島東高の恩師・和家哲哉さん(45)は「練習をやりすぎないように、やめさせるのが大変だった」と言う。朝練後、午後から20キロ走のメニューの日。その間の時間を使って自主的に20キロ走り、けがにつながると怒られたこともあった。中学時代までは宇和島南高で全国高校駅伝に出場の父和幸さん(46)のスクーターを追い、海岸線を10キロ走るのが休日の日課。鈴木は「特別なことはしていない。コツコツと積み重ねた結果」。平凡な言葉に強さの秘密が詰まる。

 理にかなったフォームが練習量の下地にある。大後監督は「足が着地の時、重心が前にある。だからブレーキがかからない。負担も少ない。天性のものもある」と説明する。

 鈴木は東京五輪を具体的にイメージしておらず、目標は「実業団に行きたい」と現実的。ただ日本陸連の瀬古長距離・マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは「マラソンをやれば東京五輪を目指せそう」と期待する。初マラソンは来年2月の東京を予定。適性が色濃く出る山登りでなく、平地で実力を示した。力はある。【上田悠太】

 ◆鈴木健吾(すずき・けんご)1995年(平7)6月11日、愛媛・宇和島市生まれ。小5までソフトボールをプレーし、主に9番ファースト。城東中から陸上を本格的に始め、宇和島東高3年の高校総体で5000メートル10位。箱根駅伝は1年時から順に6区19位、2区14位、1万メートルの自己記録は28分30秒16。好きな芸能人はミランダ・カー。好きな食べ物はミカン。163センチ、45・5キロ。血液型B。

 ◆区間賞メモ 混戦を象徴するように、往路は5区間とも違う大学の選手が区間賞を獲得した。これは11年大会以来6年ぶり。当時は1区から大迫(早大)、村沢(東海大)、コスマス(山梨学院大)、西村(帝京大)、柏原(東洋大)が区間賞。早大が総合優勝し、3冠を獲得した。