極限の集中に達していた。山県亮太(26=セイコー)が5年ぶり2度目の優勝を果たした。向かい風0・6メートルの条件下、10秒05。今季初の10秒0台を勝負どころで出し、ジャカルタ・アジア大会(8月)の日本代表にも内定した。昨年6位に沈んだ雪辱を果たした。

 山県はゾーンに入っていた。視界には自分のレーンしか見えず、他の選手の気配すら感じなかった。低く鋭く飛び出し、中盤から先頭を譲らない。今季初の10秒0台を日本選手権決勝の舞台で出した。「最高にうれしい。自分のレースに集中できた」と喜んだ。アジア大会代表にも内定。アジア記録に並ぶ9秒91を出した蘇炳添(中国)らとの対戦に向け「次はアジア一を目指して頑張る」と引き締めた。

 1年前はどん底を見た。6位で世界選手権代表を逃したレースの夜。セイコー社員や関係者ら約40人を集めた会があった。「祝勝会」として準備されたが、「残念会」に変わった。あいさつの言葉を述べると、目から涙があふれた。

 当時、右足首痛からの復帰へ向け、全力を尽くした自負はあった。同時に陸上に専念できる環境をもらっている以上、自責の念も交錯した。結果が出なければ、競技を続ける資格はないとも考える。そんな時、同社の服部会長兼グループCEOから告げられた。「気が済むまでボロボロになるまで走ったらいい」。救われた。自分の周りには、ほぼ専属のマネジャー、トレーナーもいる。周囲の支えへの感謝の思いも強くした。屈辱、苦悩を乗り越えた先、順調にステップを踏んできた5年前の頂点とは違った感情があった。

 男子400メートルリレーで銀メダルを獲得した16年リオ・オリンピックが終わった秋。1年ごとの青写真を描いた。17年は「9秒台」。18年は「安定した9秒9台で、9秒8のベスト」。19年は「世界選手権決勝進出」。20年は「安定した9秒8台」。昨秋は掲げた数字には届かなかったが、10秒00を出した。日本一など通過点。理想の青写真に少しずつ近づいてゆく。【上田悠太】

 ◆男子100メートルの選考基準 出場枠は2。9秒89の突破者は内定。また昨年10月以降に10秒12をクリアした選手(山県、ケンブリッジ)で、日本選手権3位以内の最上位者が内定。