<世界陸上>◇28日◇女子100メートル予選◇韓国・大邱スタジアム

 「アジア最速女王」福島千里(23=北海道ハイテクAC)が、女子短距離界に新たな歴史を刻んだ!

 女子100メートル予選で、4組を11秒35の記録で2位通過し、準決勝(24選手)へ駒を進めた。前回ベルリン大会に続く1次予選突破で、五輪を含めた世界大会で日本人選手が準決勝に進むのは、1932年(昭7)ロサンゼルス五輪の渡辺すみ子以来79年ぶり。今回から競技方式が3ラウンド制(予選、準決勝、決勝)に変更となった追い風も受け、世界のセミファイナリストの座をつかんだ。今日29日の準決勝で、日本女子同種目史上初となる決勝進出(8選手)に挑む。

 「福島ロケット」が決まった。リアクションタイムは4番目の0・156秒。そこから馬力の利いた最初のステップで、第3レーンから飛び出した。30メートルすぎまで先頭。40メートル付近で第5レーンのバプティステにトップを奪われたが、食らいつく。90メートルすぎで第7レーンのサントス、第8レーンのバーバーに差し込まれた。それでも再び胸を突き出し、サントスに0・03秒差で先着した。

 電光掲示板で自らの順位を確認すると、北海道からかけつけた応援団のいるスタンドに笑顔を向け、ガッツポーズ。これまでにないくらい大きく両手を伸ばし、体全体で喜びを表現した。記録は自己ベストに届かない11秒35(全体22位)止まりだが、世界との勝負に勝った。自身にとっては、会心のレースだ。

 福島

 (2つ)隣の選手(バプティステ)がいい目標になり、いい形で走れた。矛盾するかもしれないけど、自分だけで走れた。いつもの練習通り、いいイメージで走れました。

 もともと前半の速さには定評がある。世界と互角に戦うための課題は、後半のスピード維持であり「後半に自分のイメージで走れるか」(中村宏之監督)だった。そこをチーム唯一の男子選手で、コーチ兼任の仁井有介を練習パートナーに鍛えた。持ちタイム10秒34の仁井に食らいつくことで、中盤から後半のスピード感覚を養った。同時に坂道トレーニングで、馬力に磨きもかけた。「スタートからの流れを維持できるようになった。仁井さんと走っていたからかな」。土壇場で見せた勝負根性は、まさに練習の成果だった。

 今季はケガとの格闘だった。シーズン最初の織田記念(4月29日)で、左ふくらはぎのけいれんで決勝を棄権。続く5日後のゴールデンGP川崎でも再びけいれんに襲われた。さらに7月の南部記念では左足の筋肉疲労で100メートル決勝を欠場。それでもそこは世界経験豊かな23歳だ。昨年のアジア大会でも、直前の足首捻挫を乗り越えて2冠。ピンチをチャンスに変えられるたくましさで、本番にしっかり整えてきた。

 前回までの4ラウンド制(予選、2次予選、準決勝、決勝)と違い、今回は3ラウンド制。準決勝の枠が、16(2組)から24(3組)へと広がる追い風も味方した。福島の通過タイムは全体22位。決勝進出へは日本記録(11秒21)が最低条件。そんな厳しい状況にも「小さな1歩から踏めば、中くらいか、また大きくなる。未知の世界なんで楽しんできたいな」。力強さはなく、いつものほんわか節。それでも今の福島には、日本記録と決勝進出。そんな夢を見させてくれる爆発力がある。【佐藤隆志】

 ◆女子100メートルの決勝進出ライン

 最近の世界大会(五輪と世界選手権)の決勝進出ライン(最終8番目)は、08年北京五輪が11秒14、09年ベルリン世界選手権が11秒16。福島の日本記録は11秒21で、日本女子史上初の決勝に進むには、最低でも0秒05の日本記録の更新が絶対条件となる。福島レベルの選手は0・1秒で約90センチ進む。つまり予選(11秒35)より約1メートル80センチ先にゴールしなければならない。

 ◆福島千里(ふくしま・ちさと)1988年(昭63)6月27日、北海道幕別町生まれ。小4で競技を始める。帯広南商高3年の高校総体で100メートル2位、200メートル3位。07年、北海道ハイテクAC入り。08年に100メートル11秒36で当時の日本タイ記録をマーク。北京五輪の同種目に日本人56年ぶり出場。昨年のアジア大会で100メートル、200メートルの2冠。過去に両種目で計7度、日本記録更新。自己ベストは100メートルで11秒21、200メートルで22秒89。家族は両親と兄、妹。165センチ、52キロ。