プロスケーターで元世界女王の安藤美姫さん(29)に、観戦ビギナーの井上真記者(52)が基礎知識を聞く「教えて! 美姫先生」の最終回は「フィギュアスケートの楽しみ方」です。これから競技を楽しもうと考えているみなさんへ安藤さんのメッセージをお届けします。


 安藤先生 皆さん、ちょっと考えてみてください。ジャネット・リンさんは知っていますか?

 井上記者 はい、あの尻もちの人ですね。

 安藤先生 そうです。では、その時の金メダリストは誰ですか?

 井上記者 えっ、そういえば…、金メダルの人は何も覚えていません。

 安藤先生 そうなんですね、答えられない人が圧倒的に多いと思います。それは、ジャネット・リンさんがあの愛らしい笑顔の演技で、日本人のハートをつかんだからです。メモリーに残ったってことなんです。

 安藤先生は、どういう気持ちでフィギュアスケートと向き合ってきたか、その根幹に触れるにつれ言葉に迫力が出てきた。

 安藤先生 選手はフィギュアスケートを、スポーツとして捉える人と、芸術として演じる人がいると私は考えています。前者は競技ですね。得点を争い、より高い順位を目指します。芸術とは、見ている人に何かを感じてもらいたい、そのために選手は内面からわき出るものを表現しないといけません。

 井上記者 安藤さんはどちらですか?

 安藤先生 私は、芸術の側にいました。自分らしく演じ、見ている人には幸せを感じてほしい。そう思って演技していました。

 井上記者 選手によってフィギュアスケートの理解は異なりますね。

 安藤先生 アメリカ、カナダ、ロシア、スイスでは「このアイスショーを見に行こう」というとらえ方で、ファンは楽しんでいます。出場選手という「人」よりも、アイスショー全体から伝わる感動を求め足を運びます。長く培われた1つの文化とも言えます。

 井上記者 日本とはちょっと違いますね。

 安藤先生 いろんな楽しみ方があって、それは見る側の自由です。競技として応援するのもいいですし、演技をゆったりした気分で味わって、選手からにじみ出るメッセージを感じ取るのもいいと思います。

 井上記者 そうなんですかあ。ジャンプ成功しろ! そればっかりでした。

 安藤先生 いえいえ、それも1つの楽しみ方ですよ。私がこれからフィギュアを楽しみたいと思っている男性ファンがいらっしゃるなら「ルールは知らなくていいですよ」って、言ってあげたいです。

 井上記者 へえ~、ルール知らなくていいんだ。

 安藤先生 これまで基本的なこと、背景を説明してきました。フィギュアスケートはとっても繊細で、選手の心のありようがスケーティングにもろに出ます。どれだけSPで好調でも、フリーの演技でリンクの穴にはまってしまえば大きな減点になります。当然、選手のメンタルは常に大きく揺れています。ライバルとの得点争いという相対的な要素もあります。そういう中で、選手が今までの練習で身に着けてきたものを、一心不乱に表現しようとするところに、見ている人の心をつかむ魅力があると思うんです。その懸命さを肌で感じてくれれば、それがスケーターにとっては何よりのことだと、私は理解してきました。そのベースを踏まえての「ルールは知らなくていいんです」って意味です。分かってくれましたか?

 井上記者 はい、先生。52歳にして新鮮な視点ができた気がします。ありがとうございました。

 安藤先生 いえいえ、どういたしまして。いろんな楽しみ方があります。できれば、リンクに来て、生でフィギュアスケートを感じてほしいですね。そして、努力する選手たちに注目してあげてください。

【取材・構成=井上真、高場泉穂】(この項おわり)


 ◆ジャネット・リン(米国)と札幌五輪 72年札幌五輪フィギュアスケート女子シングルに18歳で出場した。フリーで転倒や尻もちをつく失敗もありながら、笑顔で演技。芸術点では満点の6・0を出し、銅メダルを獲得した。その愛くるしい演技から「札幌の恋人」「銀盤の妖精」と呼ばれ、人気を博した。金メダルはベアトリクス・シューバ(オーストリア)銀メダルはカレン・マグヌセン(カナダ)。




72年2月、札幌五輪の大舞台で転倒も愛らしい笑顔を崩さなかったジャネット・リン
72年2月、札幌五輪の大舞台で転倒も愛らしい笑顔を崩さなかったジャネット・リン