パラリンピックの開会式は最後に大雨に見舞われた。つえを支えに歩いた女性の聖火走者マルシア・マルサルさんが転倒し、聖火がトラックに転がった。会場は一瞬、静まり返ったが、再び立ち上がった彼女が、聖火を手に歩き出すと、満員の観客は総立ちの拍手を送った。会場にいた全員の心がひとつになった。

開会式の聖火リレーで転倒するマルサルさん(撮影・山崎安昭)
開会式の聖火リレーで転倒するマルサルさん(撮影・山崎安昭)
転倒したマルサルさん(中央)はスタッフの手を借りて再びトーチを手にする(撮影・山崎安昭)
転倒したマルサルさん(中央)はスタッフの手を借りて再びトーチを手にする(撮影・山崎安昭)
転倒したマルサルさん(左から2人目)は再びトーチを手に進み、次走者につなぐ(撮影・山崎安昭)
転倒したマルサルさん(左から2人目)は再びトーチを手に進み、次走者につなぐ(撮影・山崎安昭)

 心の壁を超えた共生社会の実現という、パラリンピックの大義を象徴するシーンだった。開会式では159カ国・地域と難民チームの、あらゆる障がい者たちが集った。車いすに乗った人も、視覚障害の人も、みんな笑っていた。多くの日本人が障がい者に持つ「弱者」「痛々しい」といった先入観など、単なる偏見にすぎないのだと思った。

 競泳日本代表の山田拓朗の話を思い出した。彼は先天的に左ひじから先がない。それでよく真っすぐ泳げますねの声に、彼はこう答えた。「もともと左手がある感覚が分からない。だから、これがふつう。僕は不便を感じたこともないし、全部そろっている感じです」。3歳で水泳を始めて今回が4回目のパラリンピック。左手がないから泳ぎづらいも、健常者の勝手な先入観だった。

 同じ競泳で6大会で21個のメダルを獲得した日本パラリンピアンズ協会の河合純一会長が、5月の東京都のシンポジウムでこんな話をした。「ふつうの学校と特別支援学校が分けられているように、日本は国の仕組みが健常者と障害者を分けてきた。だから、多くの健常者は障害者と話したこともないし、よく知らない。どう声をかけていいか分からないんです」。

 そんな日本社会から「心の壁」を取り除くのは至難の業だろう。しかし、希望はある。4年後、東京でパラリンピックが開催されるからだ。アスリートのパフォーマンスは、きっと人々の心をひとつにし、障がい者への意識を変える入り口になる。リオデジャネイロの開会式で沸き起こった、マルサルさんへの拍手を聞いて、そう確信した。【五輪・パラリンピック準備委員 首藤正徳】