プロボクシング元WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太(帝拳)は、日本ボクシング界に2つの変革をもたらした。1つは「日本人の身体能力ではミドル級(72・5キロ以下)で世界に通用しない」という長きに及ぶ固定観念の壁を突き破ったことだ。

日本人にとってミドル級はずっと『夢の階級』だった。欧米の男性の平均的な体格で、全階級を通じて最も選手層が厚いと言われる。ヘビー級並みの強打と、フライ級のようなスピードを兼備した、超人的な猛者たちが、名勝負を繰り広げてきた。

今も歴代最強と言われるシュガー・レイ・ロビンソン、10年間不敗のマービン・ハグラー、5階級制覇のシュガー・レイ・レナード、史上初の4団体統一王者バーナード・ホプキンス、17連続KO防衛のゲンナジー・ゴロフキン……歴代王者の顔触れのすごいこと。

小柄な日本人は選手層も薄く、ずっと手の届かない階級だった。95年に竹原慎二さんが初めてWBA王座を奪取して風穴をあけたが、当時は「大番狂わせ」という印象が強く、ミドル級に対する認識はさほど変わらなかった。それを覆したのが村田だった。

12年ロンドン五輪の金メダルで、ミドル級でも日本人が世界の頂点に立てることを実証してみせた。プロ入り後も世界トップ選手を強打で圧倒して、2度世界王座を獲得。ゴロフキンとの統一戦はKOで敗れたが、年間最高試合にも選出された一進一退の打撃戦は、日本人の強い肉体と高い運動能力の証でもあった。

村田は以前、自らの強打について「神様が僕にくれた才能」と語っていた。確かに彼には天性のパンチ力が備わっていたのだろう。ただ、それだけでミドル級で頂きには立てない。神様は探求心や地道に努力する才能も彼に授けたのだと思う。帝拳ジムの本田明彦会長は「体格に加えて頭脳が頭抜けている。集中力も違う」と明かす。海外の強打者の映像を繰り返し見て、パンチに磨きをかけてきたとも聞く。

もう1つは、村田の登場で配信時代へ突入し、報酬の天井が取っ払われたことだ。世界的スター選手が居並ぶミドル級で、ビッグマッチを実現させるには数億円単位の報酬を用意する必要があり、従来の地上波の放映権料では成立しない。本田会長は資金力のある有料配信サービスと交渉し、新たな道を切り開いた。

昨年4月のゴロフキン戦は、海外がゴロフキンが契約するDAZN、日本ではAmazonが配信することで実現。村田のファイトマネーは推定6億円超。2人合わせて20億円超の国内ボクシング史上、最大規模の興行になった。契約数も一気に増えて、ボクシングは配信のキラーコンテンツになった。以後、井上尚弥ら人気王者の試合はライブ配信が主流となり、報酬も跳ね上がった。

3月28日、村田は引退を表明した。ミドル級で再び世界トップ戦線で戦える選手を育てることは簡単ではない。それでもきっと近い将来、彼の拳が突き破った壁の穴から、第二の村田が出てくるはずだ。いや、ひょっとすると世界ヘビー級王者だって誕生するかもしれない。そう思えるほど、村田諒太は私たちに日本人の計り知れない可能性を示してくれた。【首藤正徳】

引退会見で笑顔を見せる村田(撮影・垰建太)
引退会見で笑顔を見せる村田(撮影・垰建太)
引退会見で山中氏(左)から花束を贈られ写真に納まる村田(撮影・垰建太)
引退会見で山中氏(左)から花束を贈られ写真に納まる村田(撮影・垰建太)
引退会見で那須川天(左)から花束を贈られる村田(撮影・垰建太)
引退会見で那須川天(左)から花束を贈られる村田(撮影・垰建太)
引退会見を終え一礼する村田(撮影・垰建太)
引退会見を終え一礼する村田(撮影・垰建太)
引退会見でほほ笑みながらビデオメッセージを見つめる村田(撮影・垰建太)
引退会見でほほ笑みながらビデオメッセージを見つめる村田(撮影・垰建太)
引退会見でほほ笑みながらビデオメッセージを見つめる村田(撮影・垰建太)
引退会見でほほ笑みながらビデオメッセージを見つめる村田(撮影・垰建太)