「ボンバーレフト」ことWBC世界スーパーフェザー級王者の三浦隆司(30)は、故郷秋田・三種町に妻子を残し、東京に単身で暮らしながらボクシングに励む。2週に1度帰るという町には、チャンピオンの力になる何かがあるに違いない。秘密を探るべく三種町を訪ねると、3人の「女神」が待っていた。

チャンピオンベルトを巻いて引き揚げる三浦隆司=13年4月8日
チャンピオンベルトを巻いて引き揚げる三浦隆司=13年4月8日
三浦隆司(左)はエドガル・プエルタに左ストレートを浴びせる=14年11月22日
三浦隆司(左)はエドガル・プエルタに左ストレートを浴びせる=14年11月22日

 秋田道を八竜ICで降りると茶色い田んぼの風景が広がった。まず出迎えてくれたのが妻の彩美さん(30)。2人は八竜中学校の同級生。高校から交際をスタートさせ11年に結婚。長く三浦を支えてきた女性だ。

 彩美さん 本当にそれ、と決めたらそれしかしない。昔から何も変わらないんです。高校の時も友達と遊ばないで、とにかくボクシングの練習。「部活ばっかりやって何が楽しいんだろ」と思うぐらいでした。今3歳の長男武元(たけはる)が10カ月ぐらいの頃、彼のリズムが狂っているのが分かりました。それで自分から、離れて暮らした方が集中できると提案しました。単身赴任して成功した(元WBC世界スーパーバンタム級王者の)西岡(利晃)さんの例があったので。

 かっこいい…。13年に世界王座についたその陰には秋田の女・彩美さんの「おとこ気」ある決断があったのだ。三浦は試合直前以外は2週に1度帰郷する。帰ってくると、大好きな競馬レースを武元くんと一緒に見るなどリラックスして過ごすという。離れているからこそ深い絆で結ばれる。地元の家族の存在がチャンピオンの力の源なのだろう。

 車で町をまわってみる。メロン畑、風力発電装置が並ぶ海岸。のどかな景色に癒やされるが、ボクシングをほうふつさせるものは見つからない。なぜこの場所でボクサーを夢見たのだろう。母久子さん(57)を訪ね、聞いてみることにした。実家の引き戸を開けて、まず目に飛び込んできたのが土間の太いはりにぶら下がったサンドバッグだ。

 久子さん 隆司が小学校に入ったころ、(父方の)おじいさんがトラックに積んで持ってきて、つるしたんです。

 確かにこれがあったら自然と打ちたくなるはず。実際、サンドバッグは使いこまれてボロボロ。叔父の政直さんは元日本フェザー級王者のボクサー。亡くなった父政志さんもボクシングを愛していた。かつて家には政直さんの現役時代の写真が飾ってあったという。

 久子さん 隆司は2つ上の好暁と、よく家の中で取っ組みあいをしていました。うちの人(父政志さん)も「勝負つくまでやれ」と言って。それが遊びでした。小さい頃はぽっちゃりしていて、お米もよく食べましたよ。

 久子さんは、小学生の息子がボクシング専門誌をこっそり読んでいるのを知っていた。秋田市内のボクシングジムに通い始めたのは中3から。それまで、あきたこまちで馬力をつけた三浦がボクシングの代わりにやったのが相撲と柔道だった。通った浜口小には土俵跡が残る。俵は取り除かれているが土は盛り上がったまま。曲がった松がまわりを囲み、そこだけが白く光る美しい場所だった。スポットライトの当たるリングのような土俵で、夢が膨らんだに違いない。

にんにくとコチュジャンが効いた桜肉ユッケをのせた「ボンバーレフトスペシャル丼」
にんにくとコチュジャンが効いた桜肉ユッケをのせた「ボンバーレフトスペシャル丼」
馬肉と牛肉両方楽しめる「ボンバーレフトWステーキ」
馬肉と牛肉両方楽しめる「ボンバーレフトWステーキ」

 町が生んだスターを誰もが応援している。昨秋の3度目の防衛戦では町から約100人が会場に駆け付け、地元の温泉施設「ゆめろん」では特大スクリーンでPVが行われた。「私が応援に行くと負けない」と笑って話すのが食肉卸業と食事処「さくら」を営む桜田澄子さん(54)だ。桜田さんは、2度目の防衛に成功すると馬肉と牛肉両方楽しめる「ボンバーレフトWステーキ」、馬肉のユッケがのる「ボンバーレフトスペシャル丼」の特別メニューまで作ってしまった。

 桜田さん 彼が東京に立つ前日に(彩美さんと)2人で食べに来てくれて。それからの付き合いです。馬肉は良質なタンパク質で、疲労回復も早くアスリートにぴったりなのよ。帰ってくるといつもお肉を持たせてあげるの。彼は行動で示すタイプ。チャンピオンになって、勇気と希望をもらいました。

 三浦の体をつくる肉は桜田さん、にんにくは彩美さん、米は久子さんから届けられる。三浦の力強い拳を支えるのは三種町の農産物と3人の女性の愛だった。

 5月1日には4度目の防衛戦が待つ。三種町は、ちょうど田植え前の繁忙期。3月末、試合前最後の帰郷の際、三浦は応援が減るのを「仕方のないことです」と笑って受け止めたという。その左手で、三種町を再び歓喜で包んでくれるはずだ。【高場泉穂】

 ◆三種町 06年に琴丘、山本、八竜の三町が合併して誕生した秋田県北西部の町。総面積は248・09平方キロメートル。人口1万8012人(3月末現在)。主な特産は生産量日本一を誇るじゅんさい、「サンキューメロン」など。日本海に面する釜谷浜海水浴場は夏は多くの人でにぎわい、毎年7月末には砂像コンテスト「サンドクラフト」が行われる。

秋田県三種町
秋田県三種町