青森県中泊町は相撲の町だ。大相撲幕内の宝富士(28=伊勢ケ浜)、十両の阿武咲(おうのしょう、18=阿武松)と町出身の2人の関取が活躍中。昔からアマチュアを含めて多くの力士を輩出した。また青森県初の五輪選手(陸上競技)を生むなどスポーツの輝かしい歴史を持つ。町を訪ねて秘密を探ると、そこにはディープな農村文化の土壌があった。

大相撲幕内の宝富士
大相撲幕内の宝富士
大相撲十両の阿武咲
大相撲十両の阿武咲

 中泊町は中里町と小泊村が合併して発足10周年。中里地域は津軽平野の中心にあり、もともとは米の単作地帯だった。町総合文化センター「パルナス」内に、町単位では珍しい中泊町博物館がある。学芸員の斎藤淳さん(48)が案内してくれたのは、展示物の1つの石の前だった。

 斎藤さん 力石(ちからいし)といいます。昔の農民が、力試しにどれだけ重い石を担げるかを競いました。この石は最も重い161キロで、江戸~明治時代に草相撲の力士ら3人が成功。石に名前が刻まれています。娯楽の少なかった時代、身ひとつでできる娯楽でした。相撲も同じです。昔は神社に土俵があり、奉納相撲や草相撲の大会が盛んに行われていました。

力試しに使用された重さ161キロの「力石」
力試しに使用された重さ161キロの「力石」

 江戸時代生まれで明治に関脇になった源氏山、現代の出来山親方(63=元関脇出羽の花)ら大相撲のほかアマチュア、草相撲を含めて多くの力士を生んだ。

 その流れを受け、宝富士(本名・杉山大輔)は五所川原商、近大で活躍後角界入り。初場所で横綱鶴竜を倒す金星を挙げた。夏場所は前頭筆頭に復帰、三役を目指す。阿武咲(本名・打越奎也=うてつ・ふみや)は三本木農1年で国体優勝後、同校を中退して入門。初土俵から12場所で十両にスピード昇進したホープだ。

 相撲だけではない。町教育委員会、陸上競技協会の成田寿美さん(39)が町出身のスーパーアスリートの存在を教えてくれた。

 成田さん 井沼清七(1907~73)は1928年(昭3)のアムステルダム五輪男子400メートルリレーに出場しました。青森県初の五輪選手です。低い姿勢からのスタートダッシュが得意でした。井沼清七杯というジュニアの大会も開かれています。町は小中高と陸上が強く、全国大会でも活躍。短距離と跳躍で強いのが特徴ですね。

 低い姿勢からのスタートダッシュ、短距離と跳躍。足腰のバネという点で相撲にも通じる。中里地域は昔は湿地帯で、水田は腰までぬかる「腰切田」といわれた。そこでの農作業は強い足腰につながる。農業や力試しのDNAが、スポーツにも生きているのではないか。

中泊町運動公園にある井沼清七像
中泊町運動公園にある井沼清七像
中里地域の水田風景
中里地域の水田風景

 宝富士、阿武咲も通った相撲道場「中泊道場」を訪ねた。84年に町が設立。現在は小中学生12人がけいこに励む。「相撲王国」といわれた青森県も競技人口が減少。その中で、中泊道場では子どもたちが懸命に相撲に取り組んでいる。小山内誠監督(39)は宝富士、阿武咲も指導した人だ。

 小山内さん 以前は各学校に相撲部がありチームが組めたが、今は組めない。道場単位でしか団体戦はできない。道場では基本を重視。何より相撲を通して礼儀や厳しさ、困難に立ち向かえる人間になってほしいと指導しています。宝富士、阿武咲も努力を続けたから今がある。また先輩の活躍があるから、子どもたちも頑張ることができる。

 昨年のわんぱく相撲全国大会4年の部で優勝した成田力道君(薄市小5年)は1月、帰郷した阿武咲に胸を借りた。「阿武咲関は強くて重かった。相撲が好き。今年も優勝したい」と目を輝かせた。

 日本海に面した小泊地域は2200年以上前の紀元前、秦始皇帝の命で不老不死の仙薬を求めて回ったという徐福の伝説があり、最北の渡来地といわれる。農業と相撲という日本の伝統の「不老不死」を目指し、新しい力が頑張っている中泊町だ。【北村宏平】

日本海に面した小泊地域の権現崎
日本海に面した小泊地域の権現崎
小泊地域にある徐福像
小泊地域にある徐福像

 ◆中泊町 津軽半島の中央部、津軽山地の西側に位置する北津軽郡にある。中里地域は東西約13キロ、南北約21キロ、小泊地域は東西約13キロ、南北約16キロで総面積は216・32平方キロ。人口1万2100人、世帯数は5181世帯(いずれも4月1日現在)。農業中心の中里地域は広大な水田風景、漁業中心の小泊地域は権現崎など日本海の壮大な風景が広がる。スポーツでは卓球の全日本学生チャンピオン・今孝、柔道家で米国五輪チーム監督を務めた米塚義定(ともに故人)も町出身。

青森県中泊町
青森県中泊町

 ◆中泊町のグルメ 中里地域は米のほかブルーベリー、トマト、ハトムギ、小泊地域はイカ、メバル、海峡マグロなどが特産。これらの商品、加工品などは広域農道=通称「こめ米(マイ)ロード」近くの中泊町特産物直売所「ピュア」【電話】0173・57・5054で販売している。中泊町農政課長の藤森裕実さん(58)は「中里地域の農産物と小泊地域の水産物を使ったご当地グルメのメニューを開発中で、近く発表の予定です」という。