Jリーグ鹿島の元日本代表MF小笠原満男(36)には2つの故郷がある。岩手・盛岡市出身で、高校時代は同県大船渡市の大船渡高で3年間サッカーに明け暮れ、全国大会にも出場した。わずか3年間の生活だったが、大船渡市民の血脈を受け継いでいるのか? その秘密を探りに行くと意外な発見があった。

04年6月、インド戦でゴールを決め雄たけびを上げる日本の小笠原
04年6月、インド戦でゴールを決め雄たけびを上げる日本の小笠原

 また、むちゃぶりだ。4月2日付の日本ハム大谷の故郷、岩手県奥州市で苦労したのに…。小笠原は大船渡市に3年間しかいなかったぞ。あっ、恩師が盛岡市にいるじゃないか。大船渡高で指導した、現盛岡商の斎藤重信総監督(68)にすがる思いで話を聞いた。

96年1月、選手権の徳島商戦でゴールを決めガッツポーズする大船渡の小笠原
96年1月、選手権の徳島商戦でゴールを決めガッツポーズする大船渡の小笠原

 斎藤総監督 満男はね、やさしいんですよね。分け隔てなく人とつき合う。高校でも人気があった。

 もともと人柄のいい小笠原に一体、大船渡はどういう影響を与えたんだろう? まずは行ってからだ。現地に到着すると海が見えて潮の香りがする。いいところだ。コンビニやドラッグストアから出てきた地元の人に突撃取材を開始。市の関係者が貴重な情報を教えてくれた。

碁石海岸の絶景「穴通磯」
碁石海岸の絶景「穴通磯」
大船渡市の観光名所、碁石海岸から太平洋を臨む
大船渡市の観光名所、碁石海岸から太平洋を臨む

 市の関係者 自然に囲まれてけんそうのない所で育っているから、遠くから来た方々から「いい人柄だ」と言われます。もっと掘り下げると、都会だと隣人に無関心なところがあるじゃないですか。ここはそうじゃない。団結力というか、地域のつながりがある。

 なるほど。ある地域で清掃活動をやろうと誰かが提案すると、全員そろう。忘年会は地域ぐるみで盛り上がる。小笠原は鹿島の後輩を食事に連れていく回数がすごく多い。日本代表DF内田、FW大迫らチームを巣立った海外組は、帰国するたびに会いに来る。

 よっしゃー! 市民が大事にしている「横のつながり」が重なった。さらに斎藤総監督が「小笠原の同期の今野に会ってみたら」と助け舟を出してくれた。

小笠原の母校・大船渡高の正門
小笠原の母校・大船渡高の正門

 東北人魂岩手グラウンドプロジェクト今野当代表理事(35)だ。大船渡市内に事務所を構え、東日本大震災後に小笠原と協力して赤崎町のグラウンド建設に携わった。大船渡高サッカー部の同級生でもある。

市内赤崎町にあるグラウンド。近くを三陸鉄道南リアス線の電車が走る(後方)
市内赤崎町にあるグラウンド。近くを三陸鉄道南リアス線の電車が走る(後方)

 今野代表理事 毎年正月に大船渡OBで初蹴りをするんですけど、まず満男も来る。盛岡出身だけど、大船渡にものすごくお世話になった思いがある。

 大船渡の人たちは地域に育てられた思いが強く、地域のつながりを今でも大切にしているという。市の関係者の言葉を思い出した。

 市の関係者 高校を卒業すると8~9割の人が市外に出ていきます。でもそのうち半分くらいは大船渡に戻ってきますよ。

 これだけじゃ、上司も読者も納得してくれないだろう。まだ秘密はあるはずだ。大船渡市の花が「つばき」だから、碁石海岸の近くにある「世界の椿館・碁石」に当てずっぽうで行ってみた。

レッド・レッド・ローズというツバキの花
レッド・レッド・ローズというツバキの花

 林田勲館長(66) ツバキの木は大木で700~800年は生きる。寿命が長いんですよ。桜の木は一般的に100年ぐらいと言われてますから。

 36歳になっても強豪クラブのスタメンに名を連ねる小笠原。ツバキの花の色は赤が多く、鹿島のチームカラーもディープレッドだ。

 林田館長 他の花に比べて変化が激しいんです。おしべも変化します。

 足利時代から庭園に飾られ、時代を重ねながら花びらは一重、八重などさまざまになった。小笠原は攻撃的MFとして鹿島に入団し、現在はボランチとプレーの幅を広げた。ツバキのように選手寿命が長く、花の色や変化の過程もそっくり。これって、こじつけ過ぎ?

 特に震災後、小笠原は鹿嶋から車を飛ばして、サッカー教室などのイベントに積極的に参加している。大船渡市立博物館の佐藤悦郎館長(63)が、小笠原への思いを教えてくれた。

大船渡の歴史を学ぶことができる大船渡市立博物館
大船渡の歴史を学ぶことができる大船渡市立博物館

 佐藤館長 サッカーで子どもたちに対応してくれている。市民はたった3年間いたとは思っていないんじゃないかな。大船渡の英雄の1人として応援していると思いますよ。

 人とのつながり、ツバキ、グラウンド建設など地元への貢献。小笠原は大船渡の特徴をしっかり受け継いだ市民の1人ではないか。海辺を飛んでいるカモメの鳴き声が、「そうだよ」と言っているように聞こえた!?

【久野朗】

 
 

 ◆大船渡市 県南部の太平洋岸沿岸に位置する。岩手県陸前高田市や宮城県気仙沼市とともに陸前海岸の代表的な市の1つ。市の一帯はリアス式海岸で、市域は三陸復興国立公園のほぼ中央に含まれる。水産業が盛んでさんまの水揚げ高は国内有数。さんまを具材やスープに使用した「さんまラーメン」を食べられる店が、市内に10軒ほどある。人口は約3万8000人。戸田公明市長。