再び、畳に上がりたい。12年ロンドン、16年リオデジャネイロ五輪柔道男子66キロ級銅メダルの海老沼匡(27=パーク24)がリオ五輪後、初の実戦となる6月3日の全日本実業団体対抗大会(富山・アルビス小杉総合体育センター)に出場する。

 リオ五輪から10カ月。20年東京五輪に向けて、柔道界一真面目な男が本格的に始動する。「休養してより試合に出たい、勝ちたいという気持ちが強くなりました。団体戦は初めてですが、自分らしい柔道をしてチームを引っ張りたいです」と前を向いた。

全日本体重別選手権に所属先の付き人として同行した海老沼匡(右、撮影は3月31日
全日本体重別選手権に所属先の付き人として同行した海老沼匡(右、撮影は3月31日

■テレビドラマで心身癒す

 リオ五輪までの4年間は金メダルだけを追い続けてきた。しかし、結果は2大会連続の銅メダル。長期休養で一度、心身をリセットした。「心も体も充電期間がほしかった。第一戦から離れて、俯瞰(ふかん)して柔道と向き合いたかった。休みながら練習しつつ、今後について考えていました」。

 都内の道場を拠点として、黙々と稽古を続けた。「柔道以外は変わらない生活」というように、旅行などでリフレッシュせずに自宅で大好きなテレビドラマを見た。作品選びは主役でなく内容で決める。そのため、毎クールごと第1話を一通り見てから、2話目以降の視聴の有無を判断する。今年1月15日には元柔道日本代表の妻、香菜さん(29)と都内で結婚式を挙げた。このぐらいの時期に気持ちに変化が表れ、現役続行を決意した。

 4月の全日本体重別選手権(福岡国際センター)には付き人として同行した。福岡市内のホテルに到着後、ふと思った。「何しにここに来たんだろう…」。男子66キロ級阿部一二三(19=日体大)、同73キロ級では所属先の後輩、橋本壮市(25)が優勝して世界選手権(8~9月、ブダペスト)の代表切符を手にした。その瞬間を目の当たりにして、さらに奮起した。阿部についてはライバルでありながらもこう評した。「一二三とはたまたま控室も同じで、他の選手と比べて落ち着き方が違った。良い緊張感の中で試合しているように見えたし、自信に満ちあふれていた。脂が乗っているなと。『自分だったら、ここまで落ち着いて試合出来ていたかな…』とも思いました」。一方、阿部らの試合を見て「より畳に上がりたい」という強い気持ちもこみ上げてきたという。

 27歳。4月1日付で所属先のコーチ兼主将に就任した。後輩指導も考えるようになった。後輩には橋本の他、男子60キロ級高藤直寿(24)や同90キロ級長沢憲大(23)らがいる。柔道関係者から“稽古の鬼”としても知られる海老沼。後輩には「稽古などで何か1つでも学んでくれたらうれしい」と謙遜するが、現役でもあるため「一番は結果を出すのが仕事」と捉える。

リオデジャネイロ五輪後の心境を語る海老沼匡
リオデジャネイロ五輪後の心境を語る海老沼匡

■サウナと水風呂で減量

 現役復帰する上で体重コントーロールは重要となる。記者も同じで年齢を重ねるとともに苦労するのが減量だ。実業団体対抗大会は体重無差別だが、これまで海老沼は試合1カ月前になると壮絶な減量に励む。身長170センチ。通常は体重75キロ前後あり、中学時代と同じ66キロ級に出場するために約10キロ減量する。リオ五輪1カ月前には過酷な減量とも闘った。ブラジルまでの機内では機内食を見ないように、アイマスクとイヤホンをして長時間過ごし、心身を極限まですり減らして畳に上がった。

 海老沼に減量方法を聞いたら強烈だった。3週間で痩せる準備をして、残り1週間は気合で落とす。最初の3週間で体内に「痩せる」と意識させ、体脂肪を燃焼する。有酸素運動を中心に1日1時間以上走って、プールも1時間以上ゆっくりと泳ぎ続ける。もちろん食事制限もする。大好物のラーメンや甘味品も控え、減量期間は一切口にしない。香菜さんにも「今週はサラダ多めで」「来週は魚中心で」などとリクエストする。ご飯や麺などの炭水化物も徐々に減らして、その分を鶏のささみなどのタンパク質で補う。香菜さんも気を使い、海老沼の前では食事しないという。1週間2キロペースで減量し、残り1週間で4キロ(体重70キロ)切っていたら合格という。最終手段でサウナと風呂を利用する。高温サウナ(約100度)に10分入って、汗を出し切ってからキンキンの水風呂(約15度)に入る。これを1日6~7セット繰り返す。随時、体重を計測して湯船に浸かって体重をコントロールする。記者もサウナ好きだが高温サウナはテレビがあっても1回7分が限界だ。

 海老沼は再び、減量とも闘うことになる。1つ階級を上げた73キロ級も選択肢に入るかもしれないが、「今度こそ」の思いは強い。海老沼にとって柔道とは? 「柔道があるから今の自分がある。五輪という大きな夢を持たせてくれた。柔道に感謝ですし、ただ、ただ、好きなだけです」。座右の銘は「努力は必ず報われる」。柔道愛に満ちた海老沼が3日後、再び、畳の上に立つ。【峯岸佑樹】

 ◆峯岸佑樹(みねぎし・ゆうき)埼玉県出身の34歳。10年に入社し、文化社会部、営業開発部などを経て、現在はパラリンピックと柔道などを担当。サウナ好き。