7月26日、朝。久しぶりに体を動かそうと、高校時代にラグビーの指導を受けた恩師に「今日、練習は何時からですか?」とメールを入れてみた。返信は「今日は御所やで」。関西で高校ラグビーに携わっていれば、意味はすぐに分かる。奈良・御所(ごせ)市で行われている「御所ラグビーフェスティバル」。ホスト校は全国高校ラグビー準優勝3度を誇る御所実だ。

おもてなしコーナーでキュウリを手に笑顔を見せる大阪桐蔭の選手たち
おもてなしコーナーでキュウリを手に笑顔を見せる大阪桐蔭の選手たち

■全国から35校が参加

 活気のあるフェスティバルの様子は何度も耳にしてきたが、私は足を運んだことがなかった。兵庫・宝塚市の自宅から、約1時間半かけて御所市民運動公園に到着。すると、御所実ラグビー部員が、車の窓越しに話しかけてきた。

 「おはようございます! 指導者の方でしょうか?」

 その明るさに感激しつつ、駐車場へ。そして、人工芝のグラウンドに進むと、試合スケジュールが記された大きな表を見つけた。

 これだけでも驚きが生まれる。今年のフェスティバルは7月21日~27日の7日間。午前9時に1試合目が始まり、9時25分、9時50分…と、25分ごとにカードが組まれている。最終は午後7時キックオフ。その間、グラウンドではひたすら試合が行われているのだ。会場は市民運動公園グラウンドと、5~6キロ離れた御所実のグラウンド。全て20分一本勝負だ。試合数を数えてみると、7日間で216試合。今年は北は新潟の北越、南は沖縄の読谷・嘉手納と、全国から35校が期間中に御所の芝生を踏んだ。

 始まりは1991年だった。竹田寛行監督(57)は89年に御所実(当時は御所工)に赴任。その翌年、当時2年生だった部員が練習中に頸椎(けいつい)を痛め、その2カ月後に亡くなった。チームには深い悲しみが走り、活動を自粛。翌91年、亡くなった部員の両親が背中を押し、再びラグビー部は動きだした。その際に「追悼試合」という形で約10校で試合をした。それが毎年恒例となり、両親の意向で追悼試合は「フェスティバル」に名を変え、今年で27回目を迎えることとなった。

人工芝のグラウンドで7日間、休むことなく全国の高校が試合を行う
人工芝のグラウンドで7日間、休むことなく全国の高校が試合を行う

■94人の部員一丸で

 御所実は、花園優勝6回、準優勝7回を誇る強豪・天理の背中を県内で追ってきた。全国制覇の経験を持つ西陵を愛知で追いかけてきた春日丘、誰もが知る名門・伏見工の壁に挑んできた京都成章など、フェスティバルには同じようなストーリーを持つチームが多く集う。いつしかラグビー関係者は、このようなチームを「御所ファミリー」などと呼ぶようになった。だが、竹田監督は「それよりも…」と切り出す。イベントの最大の目的は違った。

 「例えばね、そこにゴミが落ちているとする。だいたい3パターンなんです。1つ目は『(ゴミが)見えない』。2つ目は『見ているけれど、拾わない』。3つ目が『サッと拾う』。落ちているゴミを拾えない子は、いつまでたっても拾えない。これは口で言っても分からないので『ゴミ拾えよ』とは言いません。そこに気付く時間なんです」

 共同生活で7日間。この期間中、御所実の部員は午前4時に起床し、眠りに就くのは深夜に及ぶという。私を出迎えてくれた駐車場係はもちろん、グラウンドの設営、ボールボーイ、荷物運び、場内アナウンス…。そういった運営を部員94人が全員で行う。御所実の敷地内や市内の公民館に宿泊する、全国からの参加校をもてなすのも部員の仕事だ。それも7日間で34試合(1試合20分)をこなしながら、取り組む。竹田監督はこう続ける。

 「しんどいですよね、もちろん。そうやってしんどい時に、笑顔でおもてなしできるのか。人に声掛けをしたり、気遣いができるのか。ラグビーだけやればいいんじゃない。社会人になっても、人の上に立つには責任感と行動力が必要なんです。そういうことを学んで、次の世代に伝えられるようになると、正のスパイラルに変わっていくと思うんですよね」

ボランティアで携わる平井薫さん(右から2人目)ら御所市民のみなさん
ボランティアで携わる平井薫さん(右から2人目)ら御所市民のみなさん

■町おこしの一環にも

 “おもてなしコーナー”と名付けられたテント下には、ビニールプールで無数のキュウリやトマトが冷やされていた。そばにはスイカやオレンジもあった。参加校の部員たちは試合の合間に、その新鮮な野菜や果物を笑顔でほおばる。一部が差し入れというキュウリは7日間で約2000本。数年前から御所市や地域のボランティアのサポートを受け、フェスティバルは町おこしの一環になった。ボランティアの平井薫さんは「『次、何しましょう』と御所実の子たちがすぐに声をかけてくれる。花園で頑張ってくれると、本当にうれしいですよね」と強い日差しを受けながらほほえんでいた。

 この日、御所実ともしのぎを削った強豪の大阪桐蔭は、フェスティバルに参加して11年目。綾部正史監督(42)は「毎年、夏はここから。全国の指導者と交流できる貴重な機会です。運営は何から何まで、御所の子たち。私たちも『これが当たり前じゃない』と見て勉強しています」と感謝を口にした。今年も宿泊場所を確保するため、10校近くの参加希望を断ったという。全国から届くオファーは「御所実の確かな実力」という一言にはまとめられないだろう。

 フェスティバル6日目が終わりに差し掛かろうとしていた夕方、自宅に戻ろうと車に乗り込んだ。

 「ありがとうございました! またお願いします!」

 立ち上がり、見送ってくれた駐車場係の笑顔に、こちらがパワーをもらった。【松本航】


 ◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。兵庫・武庫荘総合高、大体大とラグビーに熱中。13年10月に大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当となり、15年11月から西日本の五輪競技を担当。