新たな可能性を探りたい-。リオデジャネイロ五輪柔道女子52キロ級銅メダルで無期限休養中の中村美里(28=三井住友海上)が新たな挑戦を続けている。

 休養して1年。今年4月には筑波大大学院人間総合科学研究科へ進学した。スポーツ健康システムマネジメントを専攻し、スポーツプロモーションなどを学んでいる。都内のキャンパスに週4~5日通い、学生としての日々を送っている。中村は「これまで柔道一筋で、毎日、年齢や職業が違う社会人と関わり新鮮です。授業についていくのがやっとで『もっと勉強しておけば良かった』と、後悔もしてます」と苦笑いした。


休養中の心境について語る中村美里(撮影・峯岸佑樹)
休養中の心境について語る中村美里(撮影・峯岸佑樹)

■柔道とは違う緊張感

 12年ロンドン五輪で初戦敗退後も同大学院進学の意向があった。リオ五輪後はより年齢や引退後の将来を考えて「違う自分を見つけたい」と強く感じた。米国留学や専門学校などの選択肢もあったが、大学院進学を決意。東京・渋谷教育渋谷高卒のため「社会人特別選抜」で合格した。ともに進学したリオ五輪女子70キロ級金メダルの田知本遥(27)と姉の愛(28)と同じ授業を受けることもあり、7人1組のグループワークなども行っている。08年北京五輪から3大会連続出場し、数々の大舞台を経験してきたが、人前で話すのは苦手とする。「授業での発表は柔道の試合と緊張感が違う。勉強して言葉にするのは難しく、うまく説明できない。周りの方に助けられています」。

 ほぼ毎日していた稽古は4月から週1~2日まで激減した。運動量が落ちたため「太ったんです!!」と嘆いた。「減量ではなく、今はダイエット中(笑い)。体重計も怖くて乗れません。体に無駄な肉があるし、感覚で『まずいな…』と実感しています」と、思わぬ悩みを打ち明けた。

 都内で初めて一人暮らしも始めた。趣味はお菓子作りで、最近はシフォンケーキにはまり、5日間で3種類のケーキを作った。先月は鹿児島県の種子島宇宙センターに行くなどしてリフレッシュもした。お笑い好きでオードリーが出演する、日本テレビ系「スクール革命!」を毎週録画している。「声を出して笑っています。2人の掛け合いがツボで、まとめて見るのが息抜きです」と話した。

 リオ五輪から1年が過ぎた現在も現役続行については「白紙」の状態が続いている。20年東京五輪に関しては「地元開催ということもあり出場したい気持ちはある」と意欲を示したが「『出場したい』と『目指す』は言葉の重さが違う。今は、目指すまでの覚悟が出来ていない。まだ心と体が整っていないし、東京でなかったら(リオで)引退していたかもしれない」と複雑な胸中を明かした。しかし、強い“柔道愛”は健在で「柔道は好き。練習も好きだけど、試合となれば別。とにかく覚悟が必要」と繰り返し強調した。


筑波大大学院の入学式に出席した中村美里=2017年4月8日(外部提供)
筑波大大学院の入学式に出席した中村美里=2017年4月8日(外部提供)

■好きな言葉「挑戦」に

 今年の世界選手権(28日開幕、ブダペスト)女子52キロ級代表は、年下の角田夏実(25)と志々目愛(23)が出場する。同選手権で3度の優勝を誇る中村は2人にこうエールを送った。「断トツで勝って、『(私が)帰ってこなくても大丈夫』というぐらいの試合をして欲しい。そうすれば気持ちも落ち着くと思う」。52キロ級をけん引してきた先輩らしい激励だった。

 好きな言葉も変化した。これまでは色紙などに「根性」と書いていたが、今は「挑戦」という言葉も大事にする。「社会を見て視野を広げたいという思いが強い。大学院だけでなく、いろんなことに挑戦したい。リオ五輪はすごく昔のことに感じるし、そのぐらいこの1年間が充実していた。今は時間はあるけど、毎日忙しく動き、有意義な時間を過ごしています」。

 中村の話を聞いて、こう感じた。柔道から少し距離を置き、社会勉強しながら俯瞰(ふかん)して“自分探し”をしているようにみえた。慣れない環境に身を置くことで、柔道では得られない刺激を受けている。将来、「中村美里-柔道=ゼロ」にならないように、柔道以外の自身の可能性を模索している。「笑わない柔道家」としても知られているが、今は「笑顔の絶えない学生」だ。3年後の大舞台に向けて、再び、畳の上に立つかもしれないし、立たないかもしれない。それは中村自身も「分からない」という。いつかは「決断の時」が訪れるが、今は全力で学生生活を楽しんでいるようにみえた。【峯岸佑樹】

リオデジャネイロ五輪で中村美里(上)はエリカ・ミランダから大内刈りで有効を奪って銅メダルを決める(2016年8月7日)
リオデジャネイロ五輪で中村美里(上)はエリカ・ミランダから大内刈りで有効を奪って銅メダルを決める(2016年8月7日)