「激闘王」が最後の勝負に出る。ボクシングの元3階級王者八重樫東(34=大橋)が現役続行を表明した。5月のIBF世界ライトフライ級王座V3戦で1回TKO負け。「ダメージの蓄積が心配」「もう辞めた方がいい」-。引退を勧める周囲の声にもまれながらも、熟考の末、「情熱が残っている。このまま辞めたら悔いが残る」とリングに戻る決断をした。

 9月。八重樫の思いをかいま見た。同門のWBOスーパーフライ級王者井上尚弥の米デビュー戦が行われたロサンゼルスで話す機会があった。ホテルの壁に張られたWBC同級王者シーサケット、挑戦者ローマン・ゴンサレスの2人が写された巨大なポスターを指さすと、冗談っぽく言った。

 「僕2人とも戦ってるんですよね。僕が負けたロマゴンにシーサケットが勝った。ただ、ぼくはシーサケットに勝ってます。あいつのデビュー戦ですけど(笑い)。これでジャンケンでいうと、グー、チョキ、パー。つまり、誰が一番強いか分からないってことです(笑い)」。

 込み入った話はしなかったが、言葉の端々にリングへの強い思いがにじみ出ていた。シーサケット、ロマゴン、井上、クアドラス、エストラーダ…。同じ興行に出場したスーパーフライ級のトップ選手の戦いを肌で感じたことで、「強い相手ともう一勝負」の思いを強めたに違いない。

 07年の世界初挑戦から節目の10年。イーグル京和にあごを折られて敗れると、次のチャンスまで4年間待った。11年に念願の世界王座を奪取。井岡との統一戦で両目が腫れてふさがるほどの激闘の末にベルトを失うも、フライ級で2階級制覇を達成。14年には誰もが対戦を避けてきた最強ロマゴンを挑戦者に指名し、ファンの喝采を浴びた。同年末に3階級制覇をかけたゲバラ戦でボディーでKO負け。「引退」もささやかれたが、再起すると、15年末に2度目の挑戦で3階級制覇を達成した。

 顔に刻まれた無数の傷痕は、激動のキャリアを物語る。現役続行を宣言すると、「もう第何章か分からないです。後書きですよ、後書き」と笑った。34歳。年齢から来る肉体の微妙な変化は感じている。3人の子供の「お父ちゃん」として体の大切さも痛いほど分かっている。ただ、向き合い続けてきたボクシングへの思いを強引に閉じこめることは出来なかった。

 現役続行を聞き、八重樫が口にしていた言葉を思い出した。「スポーツ選手はみんなあがいてあがいて辞める。あの室伏さんでも引退した。だから、僕も年齢にたてつき、どこまでできるか試したいんです」。

 井上がボクシング界の未来を照らしてくれる選手なら、八重樫はもっと近い明日への活力を与えてくれる選手だと思う。どんな後書きを記し、ボクシング人生を締めくくるのか-。八重樫の最後の戦いに注目したい。【14~16年ボクシング担当=奥山将志】