最強の公務員ランナーこと川内優輝(30=埼玉県庁)が元日、マイナス17度もの極寒の米国で、2時間18分56秒で走破した。

 世界最多となる76度目の2時間20分切りを達成し、日本代表を引退して、なお注目を集めた。そして個人的にもう1人、気になっている公務員ランナーがいる。沖縄・南城市役所に勤務する浜崎達規(29)。昨年12月の防府読売マラソンでは川内に次ぐ2時間11分26秒の2位に入り、自己記録を46秒伸ばした。

 33キロ付近まで川内に付いていくだけでなく、仕掛けて、2度前に出た。無名の公務員ランナーが昨夏の世界選手権9位の川内を相手に攻めのレースを展開。最後は離されたが、印象を残した。レース後、浜崎は言った。

 「まさか2番に入れると思ってなかった。市民ランナーとして少なからず、川内さんのスタイルを意識していた。1メートルでも川内さんと一緒に走り、何かを学ぼうという気持ちできた。この結果を沖縄に持って帰って、後輩に伝えていきたい」。

 その横で川内は仏のような笑顔でうなずいていた。

 沖縄・うるま市出身。沖縄工を卒業後、亜大を経て、2016年3月までは6年間、実業団の小森コーポレーションに所属していた。ただ自己記録は15年東京マラソンの2時間12分12秒。「東京五輪を目指せる位置にいるのか」。もう若くない。限界は分かっていた。「オリンピックに出られない陸上を続けるのか」と心は揺れる日々を送っていた。

 沖縄・南城市役所がスポーツや文化で実績を残した人向けの「特別枠」での採用試験を設けていると知った。「沖縄へ帰る」という選択肢ができた。葛藤する中、「中途半端な気持ちで」と所属先には黙って試験を受けた。1次試験を突破。そして所属先に採用試験を受けている現状を報告した。不義理をしたとの思いもあり「落ちても、受かっても辞めさせていただきます」と言った。ただチームからは「お前なら落ちたら残っていい」と伝えられたという。その後、10倍以上の倍率を突破し、内定を得た。「沖縄に帰りたい気持ちが勝った」と回想する。

■沖縄・南城市役所勤務

 昨年4月から務める南城市役所では、健康増進課に配属された。日によるが、勤務は午前8時半から午後5時すぎまで。毎日、勤務前と午後7時から練習に励む。限られた時間での両立は「地獄のような日々を送ってます」と笑うが、その表情は充実感が漂っている。

 浜崎にはある思いがある。

 「逃げ帰った気持ちもあった。その気持ちをどう払拭(ふっしょく)できるか考えた時。もう1回、県外に出て戦わないといけない。子供たちにNAHAマラソンが全てではないと証明したい」

 県内最大の長距離のイベントはNAHAマラソン。もちろん全国的な知名度は低い大会だが「そこで優勝したら、日本一速いランナーかのようにたたえてくれるんですよ」と苦笑いする。長距離を走るには暑すぎる沖縄県。もちろん競技レベルも高くないが、次世代の子供たちに、少しでも県外と対等に戦うんだと気持ちを持って欲しいとの思いがある。

 第一線で戦う市民ランナーの草分け的存在である川内からは、こう助言された。

「公務員も必ずしも定時では帰れない。そう考えるとすごい。今回の記録を考えると、エージェントとうまく組めば、海外レースや、他の国内レースも招待枠で行ける。情報を集めれば、資金では苦労せず、遠征や強い選手と戦えるレースに出られると思う」

 マラソンのトップランナーは実業団に所属するのが一般的。ただ昨年12月の福岡国際マラソンで、日本歴代5位の2時間7分19秒を出した大迫傑(26=ナイキ・オレゴン・プロジェクト)は海外に拠点を置きながら、プロとして活動する。そして川内だけでなく、市民ランナーとして活動しながら、好記録を出す選手も出てきた。日本陸連の坂口男子マラソン五輪強化コーチは「いろんな道があるのはいいこと」と歓迎する。

 環境を変え、記録を伸ばした浜崎が掲げる現在の目標は、20年東京五輪の代表2枠を決めるグランドチャンピオンシップの出場だ。次走は未定だが、2月の東京マラソンには出場予定。道のりは険しいが、「2代目最強の公務員ランナー」が誕生したら、陸上界も盛り上がる。そうひそかに期待する。【上田悠太】

 ◆上田悠太(うえだ・ゆうた)1989年(平元)7月17日、千葉・市川市生まれ。明大卒業後、14年に入社。文化社会部から15年秋にスポーツ部に異動。現在は陸上やスノーボード、フリースタイルスキーなどを取材。