25日に閉幕した平昌五輪(ピョンチャンオリンピック)でフィギュアスケート男子の宇野昌磨(20=トヨタ自動車)は銀メダルを獲得した。金メダルの羽生結弦、田中刑事と出場した男子フリーは「日本なのか」と錯覚するほど、多くの日の丸がスタンドで揺れた。

 ジャンプの成功や、美しいスピンとともにボリュームが上がる拍手。プロ野球の阪神担当時代にも感じたが、会場の雰囲気は勝負に大きな影響を与える重要な要素の1つだと思う。

 私はこの1年間、宇野を中心にフィギュアスケートを取材してきた。フリー後には「僕は五輪だけを目指してやっていなかったので、最後まで1つの試合でした」など自分にうそをつかない発言が注目を集めた。よく「天然」といった言葉でまとめられるが、個人的にはそこに信念を感じる。

 今季は何度もメディアに「五輪での金メダル」というワードを用いて質問され、その度に「『この大会だから』とかではなく、どんな試合でも練習してきたことを出せれば満足する」というニュアンスの返答をしてきた。それが最後までぶれなかったことに驚いた。

 リンクを離れればゲームに没頭。「美容院に行って、寝て、起きたらこうなっていました」と茶色の髪を触るほど、自分が興味あること以外には無頓着だ。そんな宇野だが、いつも首にはネックレスを装着する。演技時に衣装からチラリと見えるお気に入りの品は、思わぬところで宇野とファンの心をつなげた。

銀メダルの宇野昌磨は声援に応える(撮影・山崎安昭)
銀メダルの宇野昌磨は声援に応える(撮影・山崎安昭)

■メッセージブックを作成

 17年12月26日、名古屋市内のホテル。そのネックレスを制作する「コラントッテ」の小松由美子取締役は、直前の全日本選手権で平昌五輪代表を決めていた宇野へ1冊のメッセージブックを贈った。ロビーのソファですやすやと眠っていた男は、ぺこりと頭を下げ、ページをめくった。その様子を小松さんは「試合の後で疲れている中だったと思うんですけれど、すごくこころよい対応をしていただいた。ピュアでナチュラル。飾らないけれど、乱雑じゃないとあらためて思いました」。同社の面々の心が温かくなった。

 メッセージブックには1100件にもなる、ファンからのメッセージで構成されていた。2~3年前、父親へのプレゼントで同社のネックレスを購入して以降、製品を愛用してきた宇野とは17年1月にアドバイザリー契約を締結。12月17日に宇野が20歳の誕生日を迎え、同社も17年で20周年だったことから、メッセージブック作成の企画が立ち上がった。

 11月10日から1カ月間、ツイッターでファンにメッセージを募集。その数は1100件に膨れあがった。担当者は通常業務の合間を縫って、編集作業を行った。同社の赤松有美さんは振り返る。

 「いただいたメッセージは全部載せようと考えました。中には『誕生日おめでとう』という一言だけのメッセージで、被っていたりもする。でも数としていただいたものなので、全部を載せました」

 絵文字は1つ1つ、キャプチャーを取った。メッセージに添えられた写真や絵も、そのまま載せた。中には英語も、中国語も、タイ語もあった。3週間かかった作業では、自宅に持ち帰るデザイナーもいた。その積み重ねは80ページに及んだ。

■ファンが感じるひたむきさ

 その中で赤松さんは、不思議なことに気付いた。

 「うちの商品を購入していただいた方が対象ではなく、誰でもハッシュタグで参加できるようにしていたんです。でも1100件のメッセージをいただいて、その中に誹謗(ひぼう)中傷が一切なかったんです」

 小松さんもこの作業を通して感じた。

 「すてきなファンの方がたくさんついていて、みなさんで彼を応援している感じが伝わってきました。わが子のように思っている人が多いのかもしれないですね。きっとファンの方も私たちが感じるピュアさとか、ひたむきさとかを感じ取っているんだと思います」

 携わった社員みんなで選んだメッセージブックのカラーは、ショートプログラム(SP)の「冬」の衣装をイメージしたシルバーと、フリー「トゥーランドット」の青。ファンの思いは、同社社員の熱さを加えて、宇野の手元に届いた。

 五輪での演技を終え「僕にとってこの銀メダルと、他の試合での銀メダルに違いを特に感じない」と口にした宇野の印象的な言葉がある。

 「これまでで一番、樋口先生(コーチ)が喜んでいたので、それは『すごくうれしいな』って思いました」

 結果が出なかった大会時には「僕は(内容に)満足しているけれど、ファンの皆さんの期待に応えられなかったと思うので、すごく申し訳ない気持ちがある」と語ったことがある。競技への愚直な姿勢と、関心事以外に無頓着な性格。そして、その奥底にある、周囲を思いやる心。このギャップこそが、宇野が愛される理由だと思う。【松本航】

 ◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。兵庫・武庫荘総合高、大体大とラグビーに熱中。13年10月に大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月から西日本の五輪競技を担当し、平昌五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを中心に取材。