2018年5月20日の体操NHK杯は、谷川翔(かける、19=順大)にとって、忘れられない試合になっただろう。4月の全日本選手権で内村航平、白井健三を破り最年少王者となった。全日本予選、決勝得点との合計で、この日も鉄棒1種目を残して1位。2位白井、3位内村とは僅差で、世界選手権代表2枠をかけた争いは最後まで分からない状況となった。だが、この時谷川は既に追い込まれていた。

 2種目目の得意のあん馬で、足が乱れるミスがあり、技の出来栄え点であるEスコアを取り切れていなかった。競技開始時に持っていた3位内村との差は0・832点から0・564点に縮まっていた。そして、鉄棒は内村に利がある。「(2人が)どんな演技をしても、自分のやることをやるだけ」。そう自分に言い聞かせたが、4人目の内村が、圧巻の演技で14・966点をマーク。続く白井も完璧に決め、14・066点。完璧な演技でしか、2人を超えられない状況となった。

 心の動揺はそのまま体に伝わる。F難度の離れ技ポゴレロフでバーから体を離して戻る瞬間、「バーが消えてしまった。見えなかった」。つかみきれずに、マットに落下。その瞬間、優勝も、代表の座もなくなった。試合後には「レベルの差を見せつけられた」と2人をたたえると同時に、「気持ちよく自分の演技をして負けるならしょうがないですけど、完璧にやってどうか、というのをやりたかった」と悔しそうに本音をもらした。

 今後の課題は明確だ。Dスコアを上げる、つまりさらに難しい技を取り入れること。「ぼくはEスコアで勝負するスタイルだったんですけど、もっとDをあげないと、完璧な演技を試合でやらないと勝てない状況になっている。心に余裕を持てるようなDスコアがほしい」。今大会6種目での内村のDスコアは35・1、白井は35・6。それに対し谷川は34・1(鉄棒の落下で実際は33・3)。正確で美しい動きと安定した着地でEスコアを稼げるとはいえ、優勝するには完璧な演技をするしかない設定だった。

 谷川は、実はもっといろんな技ができる。母校市立船橋高体操部の大竹秀一監督(40)は、高校時代に鉄棒で伸身トカチェフやコールマンなど今は抜いている技を難なくやっていたと明かす。「普通だったら、この技できたらすぐ入れたいとなるじゃないですか。でも、あいつは、そうじゃない。弾をもって、自分がその時期になったら入れられるようにしている」。跳馬のドリックスなど、封印している技をこれからどう増やしていくか。Dスコアの伸びしろは大きい。

 結果だけみれば4位だが、優勝した全日本と合わせ、強烈なインパクトを残した。日本協会の水鳥寿思男子強化本部長(37)は、「まだ代表の経験がない中、ずっと世界のトップで戦っている選手と肩を並べて、最後の最後までトップを守った、というのは普通の選手ではできない」と絶賛。「Dスコアが足りないというところをカバーしていけば、中心選手になりえる」と評価した。6月の種目別選手権の結果次第だが、世界選手権の残る3人の代表に入る可能性は高い。谷川も「チャンスがあると思うので、がんばっていきたい」と初の代表入りへ気持ちを向けた。

 大きな重圧を感じながら、最終種目の鉄棒の最終演技者となる。その経験ができるのは頂点に立った選手だけだ。なぜ、あそこで落ちてしまったのか。その問いが、19歳の谷川をさらに強くする。【高場泉穂】


 ◆高場泉穂(たかば・みずほ)1983年(昭58)6月8日、福島県生まれ。東京芸術大を卒業後、08年入社。整理部、東北総局を経て、15年11月から五輪競技を担当。