試合後、1時間以上控室にこもった村田が会場を去るのを見送った午後11時すぎ。会場のパークシアターの入場口から1歩出ると、そこはカジノに直結している。

パークシアターにつながるカジノ
パークシアターにつながるカジノ

抜けてホテルの部屋に戻ろうと暗い心を抱えて進むと、人だかりが見えた。囲まれていたのは、世界王者となる夢をかなえたばかりの若者、ブラントだった。

会場からカジノに直結しているのが当たり前のラスベガス。そこは非日常的空間が、試合を終わっても続く空間。例えば日本と違い、1歩外に出れば日常の風景が広がる会場とは決定的に違う。いつまでも夢気分が覚めないような、それがボクシングの聖地の特殊性。だからこそ、称賛を浴びるブラントを見て、村田の残酷さが際立った。

一方はどこまでも非日常的空間の主役、かたや一方は「お疲れさまです」と顔を腫らし、サングラス姿で寂しく退場する。街全体がテーマパークで、人々は浮かれ気分に身を委ねる。勝者はその恩恵を受け、敗者は非日常だからこそ、負けた厳しい現実が際立つ。その落差こそ聖地の真実で、明暗の明瞭さも競技の残酷な魅力なのだと感じた。

12回を戦い終え、ガッツポーズをする挑戦者ブラント(右)を前にぼう然と立ちつくす村田(撮影・菅敏)
12回を戦い終え、ガッツポーズをする挑戦者ブラント(右)を前にぼう然と立ちつくす村田(撮影・菅敏)

村田はその地平に到達した。ミドル級、ラスベガスでのメイン。日本人未踏の地は貴い領域だけに、半面、過酷さも内包していた。そして敗者なれども、その地平まで到達したこと自体には価値がある。きっとこんな、非日常空間の中の日常のつらさを味わった選手はいない。だからこそ、卑屈にならずに、胸を張って帰国してほしい。【阿部健吾】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)