「奈落の底に突き落とされ、そこから這い上がる」

 そんなわかりやすい物語を目の当たりにすることはなかなか難しい。

 ダスティン・ジョンソンにそんな奇跡を起こしてほしくて、私は今年の全米オープン前にコラムを書いた。(前回コラム「最難関メジャーで勝負を分けるのは43センチの勇気」

 昨年の勝者、ジョーダン・スピースより、敗者のD・ジョンソンを応援したくなるのは、自分自身が敗者の心の痛みをイヤというほど味わってきたからかもしれない。D・ジョンソンの2話完結の全米オープン物語を振り返ってみたい。

優勝トロフィーを掲げるダスティン・ジョンソン(ロイター)
優勝トロフィーを掲げるダスティン・ジョンソン(ロイター)

●悲劇のチェンバースベイ


 2015年の全米オープン最終ラウンド最終18番ホール。

 決めればプレーオフの上りのフックラインを弱々しく左に外した。チェンバースベイGCのグリーン上でD・ジョンソンは3パットによって、一瞬にしてつかみかけたものが手から滑り落ちていった。ぼうぜんとした表情のD・ジョンソンと、待ち構えていた彼の婚約者の悲嘆に暮れた姿は今でも忘れることはできない。


●波乱のオークモント


 あれから1年。

 オークモントCCでの全米オープンは初日から波乱の幕開けだった。雷雨による中断、延期は選手たちのリズムを狂わせ、コースコンディションも変えた。フェアウエーとグリーンは柔らかくなり、いつもの全米オープンらしさは影をひそめる。

 この変化のためか初日からビッグネームはスコアを崩し、優勝戦線離脱どころか予選落ちする選手が続出する。優勝候補として全米オープンに乗り込んだ松山英樹もその1人だった。最後まで復調できず、誰も予想しなかった12オーバーでの予選落ちを喫した。

 そんな波乱を横目に、チェンバースベイGCと同様に今年のオークモントCCでもD・ジョンソンは最終日のバックナインを首位で迎えていた。


●勝負を決めた16番ホール


 勝負の流れを決定づける瞬間がある。それが16番ホール、239ヤードのパー3だった。

 2位とは2打差。保留にされた1罰打を考慮すると、実質リードは1打差の状況で放たれたD・ジョンソンの4番アイアンのショットは奥のラフで止まる。救済措置を受けずに打った奥からの軽いロブショットは2メートルほどオーバーして上りのストレートラインを残した。

 私はバックナインに入りD・ジョンソンのショートパットに異変を感じていた。14番ホールで1・5メートル弱のフックラインを弱々しい転がりで左のアマラインに外す。昨年の全米オープン最終パットと同じラインで同じ外し方をしていたのだ。昨年のチェンバースベイでは最終パットだけではなく、最終日バックナインで打ちきれないパットを連発し、自滅によって首位から後退していた。

 1年前の悪夢がよぎる中、この上りの2メートル強の距離をD・ジョンソンは「43センチオーバーの強さ」で入れてきた。屈辱から這い上がってきた男の強さに鳥肌が立ち、一緒にガッツポーズをしている自分がいた。昨年の3パットを忘れていないアメリカのギャラリーもこのパットに込められた意味を分かっていた。この日一番の「DJコール」と「USAコール」がそれを物語っていた。


●アマチュアのアプローチミスは減速が原因


 勝負を分けた16番ホール。

 パッティングに注目が集まりがちだか、ここではアプローチに注目したい。D・ジョンソンは軽く沈んだラフから、フワリとしたロブショットを放った。このアプローチショットのインパクトのスイングスピードに一瞬ドキッとして胸が苦しくなった。それくらい勇気のいるショットだ。

 アマチュアゴルファーの場合はプロと対照的にアプローチショットのインパクトを減速させながら打つ傾向がある。インパクトでクリーンにボールを捉えたい、ボールを上げたいなどという思いがインパクトで減速する動きとして現れ、インパクトが点となってダフリやトップのミスが出やすくなる。


●アメリカンスタンダードのアプローチ


 18番ホールを終えたD・ジョンソンを出迎えるジャック・ニクラウスの映像を見ながら思い出した。帝王と呼ばれたニクラウスにアプローチを指導した伝説のショートゲームコーチ、フィル・ロジャースを訪ねてカリフォルニアに行った時のことだ。

 ロジャースはインパクトゾーンで加速をするために20ヤードの距離でバックスイングを小さくし、フォローを大きくとる練習をするよう指示をした。この時、ボール位置をセンターよりも左に置いて、バンスを積極的に使って滑らせる「ゾーンインパクト」が大事だとも付け加えた。右足の前にボールを置き、クリーンにボールを捉えるアプローチに慣れ親しんでいた私は戸惑った記憶がある。

 その後、多くのショートゲーム専門のコーチに教えを受けたが、多数がボール位置をセンターもしくは左足寄りに置き、ゾーンでアプローチすることを推奨していた。伝説のショートゲームの名手、ポール・ラニアンからロジャースに引き継がれた教えはアメリカンスタンダードとなってUSティーチング界に受け継がれている。


●ヘッドを加速させてゾーンでボールを拾う


 アマチュアゴルファーがインパクトゾーンで加速しながらアプローチをするためにはフォロースルーのポジションを意識すると良いだろう。バックスイングに対して大きめのフォロースルーの振り幅を意識してみると、自然と加速しながらアプローチを打つことができる。


●あなたにも良い結末を迎えてほしい


 一流の才能を持ったPGAツアー選手でも頭で理解していてもできないことがある。

 D・ジョンソンは昨年チェンバースベイの最終パットを強めに打とうと思っていたはずだ。しかし、弱々しいタッチでアマラインに外した。分かっていてもできなかったミスをした時は自分を責めるのではなく、ゴルフの特性を受け入れ忍耐強く取り組むことをお薦めする。

 そうすれば、あなたの物語にも良い結末が訪れることだろう。

 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招聘し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログhttp://hiroichiro.com/blog/

(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)