今年で145回を数える全英オープン。英語では「British Open」とは言わず、「The Open」と呼ばれる。開催当初、この大会以外にオープン競技がなかったため、「The Open」と言えば、全英オープン以外にはなかったのだ。


●飛距離よりも正確性を求められるトーナメント


 そんな歴史ある大会で、連覇を狙うのがアメリカのザック・ジョンソンだ。

 彼は昨年、セントアンドリューズで行われた同大会で、マーク・レイシュマン、ルイ・ウエストハイゼンとのプレーオフを制し2007年マスターズ以来のメジャー2勝目を挙げた。

 彼の最大の武器は「曲がらないショット」だ。飛距離重視のトレンドにあらがうかのようなそのスイングは、PGAツアーのなかでも異彩を放っている。

昨年優勝し、クラレットジャグを手に笑顔のジョンソン
昨年優勝し、クラレットジャグを手に笑顔のジョンソン

●飛ばしに重要な“間”、あえてそれを作り出さないという選択


 ジョンソンのスイングの特徴は、切り返しの“間”にある。

 通常、トップからダウンスイングに移行する際、始動は下半身から行われる。よく言われる“下半身リード”だ。このときになるべく腰から上の部分が下半身について下りてこないように我慢することで、上下の捻転差が大きくなる。そしてその捻りがインパクトにかけて下半身に追いついてくることでヘッドがより速く走るようになる。

 しかしジョンソンの場合、切り返しの“間”が極端に短い。ジョンソンのスイング動画を見てほしい。“間”が短いというよりは、大半の人がおそらく「速くてよく分からない」という感想を抱くだろう。下半身から切り返してはいるものの、上半身や腕がすぐに同調して下りてくるためだ。

 “間”が短いスイングは、そのテンポ自体がとても速く見えるのだ。捻転差が少ないということは、インパクトで上半身の戻るタイミングをアジャストする必要がなくなるので、一定のテンポから外れにくい。結果、スイングプレーンから外れにくく、インパクトでフェースがスクェアに戻ってきやすくなるのだ。


●正確性を求めるため、常識にとらわれないマイク・ベンダーのコーチング


 飛距離を求められる時代において、平均飛距離が常に100位圏外ながらも、世界ランクでは20位以内をキープしている。さらには飛ばすことを放棄したかのような“間”の作り方。

 そんな彼のスイングの核心に触れたくて、フロリダ州オーランドのマイク・ベンダー・ゴルフアカデミーを訪れた。ザック・ジョンソンを指導するマイク・ベンダーはアメリカティーチングプロランキングトップ10の常連でPGAティーチング・オブ・ザ・イヤーも獲得した有名コーチだ。

 ベンダーに切り返しの疑問をぶつけると、逆に質問をされた。

「君はダウンスイングを、どこから始めるのが正しいと思うかい」

 当然ながらそれは下半身だ。“間”がほとんどないジョンソンでも下半身から切り返している。そう答えると、

「本当にそれは正しいのかな?」

 とベンダーは不敵な笑みを浮かべながら、彼のスイング理論を展開した。

「私は前腕のローテーションで切り返しを始めるように教えているんだ。前腕を自分から見て時計の針と逆方向に回すと自然と右肘が右脇腹に触れる位置に納まるだろう? これがダウンスイングの始まりさ」

 上半身、特に前腕から切り返すのはかなりイレギュラーな方法だ。アマチュアにこれを教えると9割方が手打ちになる。

 ベンダーは続ける。

「前腕から始動を始めると、最小限の動きでクラブをスイングプレーンに乗せることができる。そうすることでインパクトも正確に迎えられる。ジョンソンは正確性が上がったことでミート率も向上して、平均距離も向上したよ」

 もちろんこれは下半身から切り替えしができていることが前提の動きだが、ある意味、飛距離を捨てて正確性を求めることに振り切った戦略だ。

 彼は体格に恵まれず、飛距離が出ないというウイークポイントを“飛ばし”で埋めるのではなく、“曲げない”という選択肢を選び、それを最大の武器にした。彼のワンプレーンスイングは、PGAでも随一の正確性を誇る。

 そして必要以上に飛距離を追求しない彼のスイングは、体への負担が少ない。そのためか、ジョンソンは年間を通して試合をパスすることがほとんどない。


●曲げない男が理想としたスイング、ベン・ホーガン


 私はベンダーに、ザック・ジョンソンスイングを構築する際に参考にしたスイングモデルはあるのか尋ねてみた。

「ザックのスイングはベン・ホーガンのスイングを参考に作ってきた。ザックのダウンスイングとベン・ホーガンのダウンスイングはそっくりだろ?」

 ベンダーはそう言って、ベン・ホーガンの連続写真が壁一面に貼られた彼のレッスンルームで、ザック・ジョンソンと伝説のプレーヤー、ホーガンの映像を比較して見せてくれた。

「ザックは現代のベン・ホーガンだ」

 ベンダーは言葉にこそしなかったものの、そんな彼の自信と想いが伝わってきた。

 ホーガンはメジャー9勝し、著書「モダン・ゴルフ」で後世のゴルフ界にも多大な影響を与えた屈指のプレーヤーだ。そんなホーガンでもクラレットジャグを1度しか手にしていない。

 ホーガン自身もなしえなかったザック・ジョンソンの全英オープン連覇への挑戦が今週始まる。

 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招聘し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログhttp://hiroichiro.com/blog/

(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)