出場辞退などネガティブな話題ばかりが先行したリオ・オリンピックの男子ゴルフ競技。

 蓋を開けてみれば、イギリス代表ジャスティン・ローズとスウェーデン代表ヘンリク・ステンソンとのメジャーチャンピオン同士の優勝争いは最後の最後までわからない一進一退の好ゲームだったし、アメリカ代表のマット・クーチャーの追い上げも見応えがあった。初日に五輪史上初のホールインワンを達成し、最終ホールで自らのバーディーで試合を締めくくり、歴史に名前を刻んだジャスティン・ローズの渾身のガッツポーズにはオリンピックのゴルフ競技には価値があると訴えかけるものがあった。


●平均年齢38歳の表彰台


 オリンピックでは多くの競技で20代のアスリートが表彰台に上るが、メダリスト3人が全て35歳以上、平均38歳が並ぶ表彰台はゴルフならではの光景だろう。技術、メンタル、コースマネジメントなど身体能力以外の部分も重要なゴルフの競技特性が表れた印象に残る表彰台となった。

 ゴルフ人口は世界的に減少傾向にあるが、若いスーパースターが活躍して若年層がゴルフを始めるシナリオも良いが、30代後半や40代になってもメダルを取れる息の長い競技という認識を与え、いつかゴルフがしてみたいという思いを持ってもらうこともオリンピックでゴルフを行う意義になるのではないだろうか。


●30代から全盛期を迎えたメダリストの共通点


 我々はオリンピックでメダリスト達の人間の限界に挑む圧倒的なパフォーマンスに魅了されると同時に、4年に一度という晴れ舞台までの苦楽に満ち溢れた舞台裏に感動する。

 私は、子供のころから神童と呼ばれ、順風満帆にキャリアを積み重ねた天才タイプより、才能に恵まれながらも大きな挫折を経験し、そこから自らを変革することで這い上がってくる選手を応援したくなる。

 ゴルフ競技のメダリスト3者のキャリアは栄光と挫折そして復活に満ちたストーリーだ。メダリストたちは若くしてプロデビューしたものの、幾多の壁にぶつかり、その壁を乗り越えて30代になってからキャリアの全盛期を迎えている。

 特に、マット・クーチャーとジャスティン・ローズの初期のキャリアは似通っている。

ジャスティン・ローズは1998年の全英オープンで4位、マット・クーチャーも1998年のマスターズでローアマチュアに輝くなど、共にメジャー競技でアマチュアとして鮮烈なデビューを果たし一躍脚光を浴びるものの、そこから低迷の時期を長く過ごし、決して順風満帆なキャリアとは言い難いものだった。

 自らの才能を発揮することができず伸び悩んでいた時に、浮上のきっかけとなったのは指導者との出会いだ。


●新たなステージへと導いたスイングシステム


 ゴルフ競技のメダリストたちにはそれぞれ強い信頼関係のスイングコーチがいる。

ジャスティン・ローズはタイガー・ウッズを指導した経歴を持つショーン・フォーリーとタッグを組んでから2013年に全米オープンのタイトルを手にし、世界ランク上位の常連となった。

 ヘンリク・ステンソンはマスターズチャンピオン・ダニー・ウィレットなど多くのヨーロッパ出身の選手を指導するピート・コーウェンと15年に渡ってコーウェンの独自理論スパイラルスイング理論に基づいてスイングを作り上げ、2016年の全英オープンで歴史に残る勝利を収めた。

 マット・クーチャーはアメリカティーチング殿堂入りを果たしたジム・ハーディーの1プレーン・2プレーン理論を継承するクリス・オコネルとの出会いによって1プレーンスイングへとスイングチェンジし、2010年にPGAツアー賞金王となった。

 3者に共通するのは自らの才能や感性に任せたスイングから理論に沿って設計されたスイングシステムを導入し、メカニカルなスイングにシフトチェンジしたことだ。

 テキサス州ダラスにマット・クーチャーのスイングコーチ、クリス・オコネルを訪ねた際にドライビングレンジで彼が語った言葉がそれを物語っている。

「マットはその時々で状況に反応して打つ感性タイプのスイングをしていた。ショットの正確性・再現性においてこの感性が邪魔をすることがあった。だから元々持っていたアスリート要素を取り除き、ショットの精度を高めるために現在の1プレーンスイングに改造した。」

 マット・クーチャーはそれまでよりもスイング軌道がフラットな1プレーンスイングのシステムを導入することで、ショットの安定性という武器を手に入れ2010年に大躍進の時を迎えた。

 メダリストたちは壁にぶつかることで自らのスイングの限界を感じ、一度積み上げてきたスイングを手放して専門家の力を借りながら再構築したスイングで新たなステージへとステップアップしていったのだ。


●スイングシステムを稼働させる方法


 2016年の全英オープン練習日のドライビングレンジでジャスティン・ローズとヘンリク・ステンソンの練習方法に共通点があることに気づいた。

 ジャスティン・ローズはコーチのショーン・フォーリーとダウンスイングのポジションをボールを打たずに入念に確認していた。ヘンリク・ステンソンはコーチのピート・コーウェンとバックスイングとダウンスイングの位置についてクラブを持たずに30分以上確認していた。そして両者ともにボールを打つ段階では、ウェッジで体とクラブの動きを確認する練習に全体の半分の時間を費やしていた。

 ピート・コーウェンは今年の全英オープン前に訪ねたイングランドのピートコーウェンアカデミーのツアープロ専用打席で私にこう語った。

「ボールを打つだけでは良いスイングを身に付けることはできない。結果ばかりを見てしまい、その結果を作り出すプロセスの動きに集中できないからだ。ショットを打つプロセスを繰り返し体に覚え込ませることが重要だ。」

 何万発のボールを打ち、練習漬けになった結果、背中を故障しプレーヤーを断念せざるを得なかったピート・コーウェンは自身の苦い経験を選手や後進のコーチ達に口を酸っぱくして語っているという。

 ボールを打たないで体にスイングモーションを覚え込ませる練習は地味で退屈だ。

しかし、このような地味な練習を経なければ新しい動きを体に上書きして覚え込ませることは難しい。頭や感覚で覚えるだけではなく、体にスイング動作を教育することができれば、あなたの新しいスイングシステムが効果的に稼働するだろう。


 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/

(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)