「マスターズとライダーカップはチケットが取れない」
アメリカ人のティーチングプロから聞いた言葉は日本人の私にはあまり実感できなかった。欧米人のライダーカップに対する熱意を感じてみようと思い、今年(9月30日〜10月2日)の会場、米ミネソタ州ヘーゼルティン・ナショナルGCに足を運んでみた。
- ステンソン(右)とコーウェン氏(左)
練習日だというのに行き帰りのバスに乗るのに20分かかるほどのギャラリーが訪れていた。特にアメリカチームの練習ラウンドは3ホール先に行って場所を確保しないとまともに見ることができない。3連敗しているアメリカは選手もギャラリーも絶対に負けられない戦いだということを自覚している。練習ラウンドから地鳴りのような大歓声と声援があちこちで聞こえていた。この盛り上がりはメジャーでも起きることはない、独特の熱狂的な雰囲気だ。
- 帰りのバスを待つギャラリーは長蛇の列
●ヨーロッパチームの支柱、ステンソン
圧倒的なホームアメリカの応援にヨーロッパチームが気の毒になったが、ヨーロッパチームの「アイスマン」には関係はないだろう。
プレーオフBMW選手権を膝の状態を考慮してエントリーを見送ったヘンリク・ステンソン(スウェーデン)。
10億円の年間王者よりも大事なライダーカップに照準を合わせる選択をしたと言っても良いだろう。
その選択は正解だった。ライダーカップ会場にはいつも通りのステンソンが現れた。練習ラウンドでは16番、17番ホールでは200ヤード程の距離をピンそばに付けて膝が万全だということ証明してみせた。マキロイ(英国)がフェデックスカッププレーオフを制して絶好調だが、ライダーカップではステンソンが全英オープンで見せたマッチプレーの強さを見せてチームを引っ張るだろう。
●「予選落ちをしない」これが一流の証
「気付けばいつも上位にいる選手」
ステンソンはそんなプレーヤーだ。こう言ってしまうとなんだか地味に聞こえるかもしれないが、トップレベルのPGAツアーで戦い続けるには、これほど重要なことはない。
以前にも書いたが、PGAのツアーメンバーの上位陣ともなれば、技術的な差はほとんどない。勝負を分けるのは、メンタルのコントロールであったりコンディションやコースとの相性、そして”ツキ”の要素もあったりする。
その中で、優勝をするために重要なのは、常に上位にいる、ということだ。毎試合予選を突破し、その中でも頻繁に上位をうかがう位置にいれば、ふとした要因で優勝が転がり込んでくる。PGAツアーで活躍するのは、「たまにすごいスコアが出る選手」より、「安定して上位にいる選手」なのだ。
2015年、ステンソンは24試合に出場し、予選落ちがわずか1試合のみだった。マッチプレーを除いて、予選を通過した22試合のうち6試合で2位に入っている。こういった成績を残すと、時に「勝ちきれない」、「勝負どころに弱い」などとメディアから揶揄(やゆ)されることがあるが、そうではない。
現に2016年は、ここまで21試合に出場し、全英オープンで優勝、スウェーデン代表として出場したリオデジャネイロ五輪では4日間すべて60台のスコアで回り、単独2位でフィニッシュした。ちなみに今年も予選落ちがわずか3試合(うち棄権1)しかない。
●成績の安定を生み出す効率のいいスイング
今年40歳になるステンソンが、コーチのピート・コーウェンと共に取り組むのが「自分の力を効率よく使う」スイング、「スパイラルスイング」だ。
PGAツアーは体力の回復にも時間がかかる。そこで、ステンソンは自分の力を効率的に使うため、動きの中から生まれる反動をうまく使うことで、自分の体に負荷がかからないスイングで1年間、ツアーを戦っているのだ。
バイオメカニクス(生体力学)の観点からスイングを分析するドクター・クォンはステンソンのスイングの始動に注目していた。
「彼のスイングの特徴は、地面からの力を効率的に使っている点にある。動き出しも下半身から行うし、最もエネルギーが必要とされる切り返しからダウンスイングでも、地面からの反動をうまく利用しているね」
スパイラルとは、螺旋(らせん)の意味である。エネルギーの伝わり方が下半身から上半身へと螺旋状に伝達されているという。
「始動の際左足を少し踏み込んでから右サイドに体重を移して上半身を捻転させていく。左下から右上にかけて、ぐるぐると螺旋状にエネルギーがたまっていくイメージだ」
この螺旋の動きはダウンスイングでも起こっている。
「ダウンスイングでは地面を踏み込み、その力を上半身に伝えていく。ここでもエネルギーは右足から左サイドの壁にかけて螺旋状に動いていく。始動、ダウンスイングともに、地面からの反動を使っているので効率の良いスイングといえるだろう」
●準備万端のスイングマシン
ライダーカップでコーウェンは出場選手の半分、6人のスイング指導を行っている。朝からトーマス・ピータースにいつもの大きなジェスチャーで指導していたが、今回はステンソンに対していつものように身振り手振りを交えての指導を行うことはなかった。ステンソンも全英オープンの時のように細かいポジションを気にしていなかった。ボール軌道もスイングも修正の必要がない準備万端といった状態だ。
もしヨーロッパが4連覇でもしたら帰れなくなりそうな雰囲気の中で、ステンソンはどんなスーパープレーを見せてくれるのだろうか。
◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/
(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)