米カリフォルニア州シルバラードCCで行われたPGAツアーの開幕戦「セーフウェイ・オープン」はブレンダン・スティールの優勝で幕を閉じた。この開幕戦は激戦が続いたプレーオフから1カ月もたっていないということもあり、選手にとっては公式戦の中では位置づけが低く、今年もランキングのトップ10の選手が軒並みエントリーを見合わせた。
●復帰直前に欠場を表明
そんな開幕戦での復帰を明言して注目を集めていたタイガー・ウッズ(40=米国)は、大会開催週の月曜日に一転欠場を表明した。「主役」の欠場が表明された会場がどこか物悲しげに感じたのは、ギャラリーやメディアがそれだけウッズの復帰を待ち望んでいたからだろう。
「仕方のないことだが、ウッズの欠場は本当に残念だ。タイガーが出ることを念頭にみんな張り切って準備してきたからね」
シルバラードCCに20年所属しているというメンバーは欠場表明の翌朝、落胆した表情で思いを語ってくれた。
欠場を発表したコメントの中で、ウッズは自らの状態をこのように説明した。
「(副主将を務めたライダーカップ後に)数日間カリフォルニアで練習したが、世界のベストゴルファーたちと争う準備はできていないと判断した」
●ボールは打てるが試合に出られない状態
昨年の8月から14カ月余り試合に出ていないウッズ。何度か復帰を表明しながらも、実際に試合に出られていない状態が続く。今回の欠場に当たっても「もう彼の活躍をツアーで見ることはできないのでは」という報道をいくつか目にした。
私にも経験があるが、プロゴルファーがけがで長期離脱をした場合、試合に復帰するためには大きく分けて3つのステップを踏む必要がある。
<step1>スイングできる状態をつくる
<step2>スイングと感覚をアジャストする
<step3>試合でstep2のパフォーマンスが出せるよう無意識レベルまで定着させる
ウッズはおそらくstep3の段階まで来ている。すでにボールは打てており、直前まで試合にエントリーしていたので間違いないだろう。
step3の調整では技術的な問題に加え、メンタル的な要素が非常に大きくなってくる。試合では多くの観客から歓声を浴び、世界中のメディアから注目される。さらには予選カットライン、優勝争い、同伴選手とのスコア争いなどさまざまな外的要因が加わる。こうしたプレッシャーのかかる場面で、step2のパフォーマンスを安定的に出すためには、頭でスイングを考えている段階では難しい。無意識化で理想のスイングができる状態を作ることが求められる。
その準備がまだ整っていないとの判断したため、辞退に至ったのだろう。
step3ではさまざまな状況から球を打ち、自分にプレッシャーをかけ、より実戦に近いラウンドを繰り返し行う。これは「3カ月準備をすればOK」というような、時間的な目安があるわけではない。
「安定感を上げたい。そうすれば、ホームコースでゴルフ仲間に勝てるだろう。ツアーで世界のトッププロ相手に戦うのは話が別」
ウッズは直近の自分の状態に関してこのように語っており、今はまさに「試合で戦える状態」を作っている段階なのだ。
●コーチたちの評価
繰り返し復帰を延期し、そのプロセスが順調でないことがうかがえるが、PGAツアーのコーチたちに現地でウッズの今後に対して話を聞くと、ポジティブな意見が多く聞かれた。
「彼は来年、メジャーで勝つだろう」
そう真顔で語ったのは以前ウッズのパッティングを指導したことがある、ショートゲームとパッティングのコーチングを専門とするマリウス・フィルマターだ。前回2012年に故障から復帰した翌シーズンを例に挙げた。
「2013年にはカムバックで5勝している実績がある。その時の経験が今回も生きるだろう」
問題があるとすればフィジカル面だという。
「タイガーのパッティングは、メカニック(技術面)が完璧。さらにイマジネーション(感性)もいうことはない。だから問題になるのは体の状態だけだと思う。スイングが満足に出来さえすれば勝てる」
2015年からフィル・ミケルソンのコーチを務めるアンドリュー・ゲットソンも、フィジカルの状態が良ければ復活は時間の問題だと言う。
「健康体なら問題ないだろう。だってタイガーだからね」
一方、技術的な部分に言及したのはマット・クーチャーのコーチであるクリス・オコネルだ。
「すでにスイングが可能な体の状態なら、フェースをコントロールする感覚を磨くことが必要だ。実戦から離れるとクラブに対する細かなフィーリングが鈍ってくる。試合で思い通りのパフォーマンスを発揮するためには、この点がどこまで戻るかがカギになるだろう」
●40歳のタイガー・ウッズが狙うもの
おそらくウッズは復活するだろう。それを自身も信じているはずだ。
故障中でありながら、過去にはこんなことも語っている。
「ニクラウスのメジャー最多優勝記録を超えるのは可能だと思う。(中略)メジャーの優勝回数更新は目標だし、サム・スニードの最多優勝試合数も超えたい。私はその2つとも2位なので、両方でトップに立ちたいと思っている。そこまでの道のりが遠いのは分かってるが、更新できるようなハイレベルの戦いを続けられるよう祈っている」
今回の欠場は、復帰するからには半端なパフォーマンスは見せないという、ウッズの決意表明だったのではないだろうか。あくまでも狙うのはメジャーだと。おそらくゴルファーとしての残りのキャリアを考えたとき、ウッズはそんな決断に至ったはずだ。
それならば強いウッズが帰ってくるのを気長に待とうではないか。きっと彼ならやってくれるはずだ。タイガー・ウッズなら。
◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/
(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)