「よい騎手になるためには、かつて名馬であった必要はない」

 かつてサッカーの名門チームACミランの黄金時代を築き、イタリア代表監督を務めたアリゴ・サッキの言葉である。彼にはプロのサッカープレーヤーとしての経歴はない。サッカーが文化として根付いているイタリアにおいて、それでも代表チームの監督になりえた。

 彼に必要とされたのはプレーヤーとしての実績よりも、チームを勝たせるための指導法や戦術の引き出しの多さだった。そして彼は誰よりも多くの知識を持ち合わせていた。それはプレーヤーとして体得したものではなく、指導者として必要な知識を体系的に学んだものだった。

 欧米ではサッカー以外のスポーツでも、選手としての「実績」より、指導者としての「知識」や「資質」が求められる。実際にNBA(米プロバスケットボール)ではプロ選手としての経験がない監督やコーチがたくさんいる。


●「実績がない人は教えられない」という風潮


 日本において、スポーツの指導者はプレーヤーとしての実績を求められることが多い。「一流の指導ができるのは、同じように一流の実績を残した選手だけだ」という論理だ。しかし、これでは過去に前例のないほどの成績を残すような選手は、誰の指導も受けることができなくなってしまう。

タイガー・ウッズ
タイガー・ウッズ

●常にコーチを付けるタイガー・ウッズ


 PGAツアー開幕戦、セーフウェイ・オープンにエントリーしながら突然キャンセルし話題となったタイガー・ウッズ。しかし、これまでの成績を説明するまでもなく、タイガー・ウッズは史上最高の選手の1人と誰もが認めるプレーヤーだ。まさに「過去に前例のないほどの成績を残した選手」である。しかしウッズは、デビュー当時からこれまで4人ものコーチに師事してきた。プッチ・ハーモン、ハンク・ヘイニー、ショーン・フォーリー。そして現在はクリス・コモとともにツアー復帰を目指している。

 4人のコーチはそれぞれ人柄、指導方法、スイングモデルが異なる。

 10代から指導を仰いだハーモンは、スイングのメカニックの指導を行うだけではなく、状態を見極めパフォーマンスを最大化させるコーチングを得意としている。

 続いて2003年からタッグを組んだヘイニーとは、左膝の負担を減らし、正確なスイングプレーンに近づけることに重きを置いたスイング改造に取り組んだ。

 その後、けがに悩まされていたウッズはフォーリーとともに、下半身の負担を軽減するため左1軸のスイングに取り組むことになる。13年にはツアー5勝を挙げて見事に復活。PGAの年間最優秀選手にも選ばれた。

 現在は2014年末からコモに師事し、ツアー復帰のためのスイング構築を行っている。コモはテキサス女子大学のヤン・フー・クウォン教授に生体力学を学び、ゴルフに応用することで力の伝達効率の良いスイング構築を行う次世代のコーチだ。タイガーの身体は回復傾向にあるようなので、スイングができる体になればツアーで優勝争いをする姿を見られる日も遠くはないだろう。

 一見すると4人の理論はバラバラだが、それぞれのアプローチ法を自ら確立しており、スイングや指導法を体系的に学び、研究しているという点で共通している。キャリアの中でコーチに求めるものが変化するため、こういった得意分野の異なるコーチを選択しているのだと思う。

 ウッズほどの選手であれば自らのスイングを分析して、修正することは可能だ。しかし「やる」と「考える」は別の行動だ。どちらも同時に行うことは不可能ではないが、負担が大きい。その負担をなくすため、「考える」パートの専門家であるコーチとタッグを組みスイングを作っていくのである。


●コーチは不可欠なスタッフ


 現在PGAツアーではコーチを付けない選手は数えるほどしかいない。ワールドランキング50位以内でコーチを付けていない選手は2人だけだ。PGAツアーで戦う選手のスイングの完成度は非常に高い。ただ年間40試合近く行われる中で、コンディションによってスイングが変化してくるため、その都度修正する必要がある。その細かいスイングメカニックを修正できるのはスイング理論や指導法、生体力学などを体系的に学んだスイングコーチである。そして選手がコーチを選ぶとき、プレーヤーとしての実績は重要ではない。なぜなら必要ないからだ。先に挙げたウッズの4人のコーチたちも、プロの選手として特筆すべきキャリアはない。


●レジェンドが語ったコーチの役割


 以前、2016年の米ゴルフティーチャー・オブ・ザ・イヤーを獲得し、ティーチング殿堂入りをしているマイク・アダムスに話を聞いたところ、コーチの役割についてこんなことを言っていた。

「やろうと思えばいろんな方法で生徒を下手にすることだってできるんだが、生徒を改善してやれる方法は1つしかない。何を教えると生徒に悪影響となり、何を教えると有効であるかを理解することだ。見た目を良くするための改悪よりも実際に良いプレーをさせるための改善だ」

 何を教えるのが有効かを見極めるには、スイングや指導法を体系的に学ぶことが必須だ。人それぞれスイングのシステムが違うので、すべてのタイプに対処できるティーチングの幅が必要になる。相手によっては理論やメカニックではなく、イメージやフィーリングだけで教えるノウハウが必要な場合もある。

 アマチュアでも現在レッスンを受けている人、もしくはこれから受ける人は教えてくれる先生が体系的にスイングに関する理論や指導法を学んだかをしっかり見極めてほしい。「○○をしてはダメだ」という、コーチの得意なスイングモデルにはめる指導を受けている人は要注意だ。

 まずは自分の状態やスイングの悩みを打ち明けてみるといい。それに対していろいろな角度からアドバイスをしてくれる引き出しの多い人なら、あなたにとってきっといいコーチになるはずだ。


 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログ  http://hiroichiro.com/blog/


(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)