この時期のアリゾナはとても暖かく、リタイアしたシニアが全米各地から寒さを避けて集まる。その間、彼らが行うのはもっぱらゴルフだ。時間もお金も余裕がある人たちは熱心にレッスンに通うため、各コースにはコーチが多く在籍しており、そういった人材が育ちやすい土地柄でもある。

 そんなアリゾナのギャラリーを熱狂させたのは、昨年に引き続き松山英樹(24=LEXUS)だった。5日まで行われたフェニックス・オープンで2連覇を果たした。

 このコラムでも何度か取り上げているように、昨年末からショットの調子は相変わらず良い。プレッシャーのかかる場面でもゆったりとした独特のスイングリズムが狂うことなく、下半身を使い安定したショットを放っている。


●パッティングがさえわたった松山


 そのショットに加えて、今回パッティングが良かった。

 練習日ラウンドから長い距離を沈めるシーンが何度もあった。練習グリーンでは左右それぞれ片手でパッティングの練習を行っていたが、下半身が安定しているため片手でも精度の高いストロークを見せていた。会場を訪れていたコーチたちも異口同音に「パッティングさえよければいつでも勝てるが、そのパッティングの調子もよさそうだ」と語っていたが、その言葉を裏付けるように見事に優勝を果たした。

 そんな松山に引けを取らず、質の高いパッティングを見せていたのが石川遼(25=CASIO)だ。

フェニックス・オープンに出場した石川遼
フェニックス・オープンに出場した石川遼

●目を見張るリズムの良さ


 「パッティングのリズムが素晴らしい。どんな距離でも一定のリズムを保って打てている」

 現地で石川のパッティングをこう評したのは、かつてアニカ・ソレンスタムを指導していたピア・二-ルソンだ。

 ここ数週間パッティングの調子が悪く、「自信をもってラインを読めない」と語った石川だが、練習のストロークを見る限りはしっかりと打つことができていた。

 ストロークが良くてもパッティングに自信が持てていないのは、スイング改造中だというショットの影響なのかもしれない。


●フェードへの挑戦


 石川は今年から、本来の持ち球とは逆のフェードヒッターへの転換を図っている。今まではフェースの開閉を多く使って球をつかまえるスイングだった。今試しているスイングは、フェースの開閉の動きを極力抑え、方向性を向上させる狙いがある。

 フェニックスオープンの初日を3アンダー、17位タイで終えた石川だったが、新しいスイングは試行錯誤中といった印象を受けた。

 最もショット力が試される15番ホール、パー5。2オンするためには240ヤードほどの距離から、池に囲まれたグリーンを正確に狙うショットが必要とされる。初日はピンが右に切ってありフェードで攻めていくシチュエーションだったのだが、ショット前の素振りからドローの動作が入り、実際に打った球は少しドロー回転がかかり左のバンカーへ入った。石川は「フェードをイメージしていた」と言っていたが、少し距離を出したいとき、プレッシャーがかかるときは無意識に以前の動きが出てしまうようだ。

 2日目、改造中のスイングで球を操ることができない。フェアウェー左がすぐに池になっている11番パー4。ティショットはフェードがかからず左の池に入れてしまう。

 フェードを打つためにはダウンスイングで、腰を中心に下半身を回転させる必要がある。しかしプレッシャーのかかる場面で、従来のスイング動作のように下半身をスライドさせてしまい、振り遅れを恐れてヘッドを返す動きが出てしまったのだ。


●克服すべきはプレッシャーと飛距離信仰


 プロの選手の技術をもってすれば、当然ドローでもフェードでも自由に打ち分けることができる。しかしプレッシャーのかかる試合中は、意識してスイングを作るのではなく、無意識に体が動く領域まで動作を体にしみこませなくてはならない。それにはもう少し時間がかかるだろう。

 そしてプレッシャーに加えてもう1つ石川が克服すべきは飛距離への執着だ。石川はアメリカに渡った当初から、飛距離を追い求めてきた。PGAツアーの選手たちは大きな体格を武器に、キャリーで300ヤードを超えるドライバーショットを放つ。それを目の当たりにし、PGAツアーで勝つには彼らと同等の飛距離を手に入れなくてはならないと思ったのだろう。

 日本にいるころから思い切りのよいスイングが武器ではあったが、PGAツアー参戦後はとにかく目いっぱいに振り切るスイングが目につくようになった。当然、全力で振ればスイングは安定せず、球は左右に散らばる。さらには身体への負担も大きくなり、故障の原因にもなる。

 今回のフェードへの挑戦は、石川が飛距離信仰から抜け出したことを意味している。フェースの開閉を抑えて、体の回転で球をコントロールするスイングは方向性を向上させる。

フェニックス・オープンを制し、笑顔でトロフィーを手にする松山
フェニックス・オープンを制し、笑顔でトロフィーを手にする松山

 ブッチ・ハーモンの兄弟で、同じくコーチを務めるクレイグ・ハーモンは、2人の選手の例を出して石川の目指すべき方向性を示した。

 「PGAツアーには平均飛距離で300ヤードを飛ばせる選手がゴロゴロいるが、それは勝つための条件ではない。ルーク・ドナルドは飛距離がなくても世界のトップに登りつめたし、ザック・ジョンソンも飛ばし屋ではないがメジャーで2回の勝利を収めている」

 レッドベターアカデミーでティーチングを学び、現在はアリア・ジュタヌガンなどの選手を指導するアンドリュー・バークも、石川の活躍には飛距離の向上は絶対条件ではないという意見だった。

 「PGAツアーで成功するためには3つ大事なことがある。飛距離、ショットの正確性、そしてパッティングだ。そのうちの2つを身に付ければPGAツアーで勝てる。3つ揃えばスーパースターになれるが、まずは飛距離以外の2つをマスターすべきだ」

 今回フェニックス・オープンを制した松山も、飛距離より方向性の高さを武器にして戦うタイプの選手だ。同じタイプの“同級生”の優勝が、石川の背中を押すことは間違いない。


 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/


(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)