先月29日に、都内で引退会見を開いた宮里藍。日本で初めて世界ランク1位になったプロゴルファーは、32歳で一線を退く決意をした。会見のやりとりもでも本人の口からたびたび登場していたが、宮里には長年タッグを組んでいるピア・ニールソンというメンタルコーチがいる。

 宮里のほかにも、過去には世界ランク1位となり28歳の若さで引退をしたアニカ・ソレンスタム。さらには先日世界ランク1位となった(現在2位)のアリヤ・ジュタヌガーンを指導する、超一流のメンタルコーチだ。


一緒に活動するピア・ニールソン(右)とリーン・マリオット。後方は筆者
一緒に活動するピア・ニールソン(右)とリーン・マリオット。後方は筆者

●メンタルの強さが生み出した安定感


 長年タッグを組むピアに、宮里との出会いから話を聞いた。

 「アイと初めて会ったのは日本でした。彼女のお父様が、私の書籍やコーチングをご存知で、アイのサポートになればと引き合わせてくれたのです。まだ彼女が、LPGAのクオリファイング・スクールに行くためにアメリカに来る前の話ですね」

 宮里が米LPGAツアーのQTを受けたのは06年のこと。その際はすぐにコーチングの話にはならなかったそうだ。

 「私たちは、たまに連絡を取り合っていましたが、アイからコーチをするよう頼まれたのは、2007年のセントアンドリュースで行われた全英女子オープンの時でした」

 自身、4回目の出場となったその年の全英女子オープンは、14オーバーの58位タイと不本意な結果となっている。そして結局、米ツアー挑戦1年目のその年は未勝利に終わる。翌08年シーズンでも米ツアー初優勝は挙げられなかったが、全英オープンで5位に入るなど、ピアとタッグを組んだ宮里は着々と実力を伸ばしていった。

 「アイはコース上で自分の身体と精神面をコントロールすることに非常に長けた選手です。特に精神面のコントロールは本当に素晴らしい。それができていたからこそ、身体の動きをコントロールできたし、飛距離が劣る中、自分の強みを探し出すことができたのです」

 身長155cmの宮里が世界のトップクラスで戦うために磨きをかけたのがショートゲームだった。全米各地で行われる米ツアーは、試合会場ごとに芝の状態が微妙に異なる。それを把握した上で、宮里は徹底的にアプローチとパッティングに磨きをかけたのだ。

 「アイのスイングとストロークは、どんな状況でも一貫性が崩れません。もともとショートゲームの能力が高い選手ではありますが、彼女は常に新しいスキルの習得に全力を注いでいました」

 このように宮里がアメリカに渡ってから習得した技術は、強い精神面に裏打ちされたものだったという。

 「アメリカに来て飛距離を追い求めなかったこと。そして飛距離のハンディを埋めるために行った努力は、強い意志がなくては決してなしえなかったことです。世界一になることができたのは、彼女が自分自身をコントロールできたということに尽きると思います」


●モチベーションは全てのエネルギー源


 今回の決断に至った理由を「モチベーションの維持が難しくなった」と説明した宮里。そう感じ始めてから約4年間、モチベーションを戻すためのチャレンジをし続けてきたが、自分の求めている形には至らなかった。

 選手のモチベーションについてピア・ニールソンは「どんなにたくさん練習をし、技術力があったとしても、モチベーションがなければよいプレーをすることもできないし、またそれを楽しむことも難しい」と教えてくれた。

 自身が指導していたアニカ・ソレンスタムが引退をした時にも、まったく同じ話をしたそうだ。

 「トレーニングでも自分を追い込むことができなくなったりしていた。自分が望んでいる形ではなかった(中略)。理想としている姿はそこにはもうなかった」

 勝つためにストイックに自分を追い込む宮里の「らしさ」が、今回の決断をもたらしたと言えよう。


●宮里藍の系譜


 ピア・ニールソンが現在コーチを務めるアリヤ・ジュタヌガーンは、弱冠22歳ながら昨年賞金女王を獲得している。すでに全英女子オープンを制するなどメジャー優勝の経験もあり、同世代のライバルがひしめく米LPGAツアーの中で、どんな進化を遂げていくのか今後が楽しみだ。


A・ジュタヌガーン(右)を指導するピア・ニールソン
A・ジュタヌガーン(右)を指導するピア・ニールソン

 宮里は引退会見の最後に涙を浮かべながら、ファンや関係者へ繰り返し感謝の言葉を述べたが、ピア・ニールソンもまた宮里に同じ思いを感じていた。

 「彼女のゴルフキャリアの中でコーチングできたことは、私たちへの贈り物、そして最高の栄誉です」

 ピア・ニールソンは宮里との取り組みで得た経験を、ジュタヌガーンをはじめ、今後多くの選手の指導に生かしていくはずだ。その経験は宮里がピアに残した、かけがえのない財産となって強い選手を生み出していく糧になっていく。


 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。ゴルフ先進国アメリカにて米PGAツアー選手を指導する50人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を学び研究活動を行っている。早大スポーツ学術院で最新科学機器を用いた共同研究も。監修した書籍「ゴルフのきほん」(西東社)は3万部のロングセラー。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/


(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)