タイガー・ウッズの復活や、ローリー・マキロイの生涯グランドスラムに注目が集まった今年のマスターズは、パトリック・リード(27=米国)のメジャー初優勝で幕を閉じた。ラウンド中は闘争心溢れるプレーで最終日まで果敢に攻め続けたリードは、普段、コーチとともに実に緻密に準備をする選手だ。


●感情を出すことでパフォーマンスを最大化する


 日本ではあまりなじみのなかったリードだが、米国ではライダーカップの選抜にも選ばれており、PGAツアーでの知名度はトップクラスだった。

 彼のライダーカップでの活躍ぶりは、18年2月の記事でも紹介をした通りだ。


『米国で大人気のパトリック・リードが乗り越えるカベ』(https://www.nikkansports.com/sports/golf/column/hiroichiro/news/201801220000553.html)


 記事内にも登場するが、リードには2人のコーチがいる。パフォーマンスコーチのジョシュ・グレゴリーと、スイングコーチのケビン・カークだ。

 マスターズ第2日、首位に立ったリードは、最終日まで大会の主役であり続けたが、視聴者はそのあいだ中、何度も彼のガッツポーズや言葉にならない雄たけびを聞いたはずだ。

 地元のオーガスタ州立大学時代から憧れていたマスターズで優勝争いをしていることや、初のメジャー優勝が現実のものとなって目の前に現れたことで、とんでもない量のアドレナリンが出ていたのは間違いないが、そうでなくてもリードは普段から感情を表に出すタイプの選手だ。

 「僕はゴルフをするために生まれてきた」

 こんな発言でしばしば周囲の注目集めるリード。時にはそういった発言の内容が「自意識過剰」、「厚かましい」などの批判にさらされることもある。

 メンタル面のアドバイスも行うグレゴリーは「ゲーム中に熱くなって感情的になったり、世間に自分を大きくアピールしたりする事からも分かる通り、彼はとても負けず嫌いな性格だ」と語る。そしてそれが、リードの勝利を求める活力として働いているという。

 技術力が高いレベルで肉薄するトップツアーでは、コンディションやメンタルの調整が結果を大きく左右するカギとなる。

 「彼は試合中に熱くなることで、自分を鼓舞している」とグレゴリーが言うように、リードは自ら感情をコントロールして、試合時に最も気持ちが高まるように準備をしているのだ。


●リードを支えるもう1人の黒子


 もう1人のコーチ、ケビン・カークはリードと対照的にとても物静かで、思慮深さを醸し出している。誤解を恐れずに言うなら、繊細で少し気難しそうな雰囲気を持つコーチだ。鋭い眼光で相手の目を見て話し、どこで会ってもすらっとした体形に毎回黒色の洋服を着ている姿は、アナリストかやり手の経営者を彷彿とさせる。

 リードへの指導について話を聞いても、理路整然としていて緻密な印象を受けた。

 「リードのトレーニングプログラムは僕が作っている。直近2、3年のスタッツから、どのカテゴリの能力を伸ばすべきかを割り出し、トレーニングプログラムを組んでいく。直近の状態を見て細かい調整はするものの、基本的には3ヵ月ごとにデータを取りなおして、トレーニングの変更を行っている」

 データで可視化する事で、今の状態をもたらしている要因がどういったものなのか見えてくるという。

 「例えば順調に前期をスタートしたが、後期に入ると成績が落ちた選手がいたとする。スイングは変わらず、疲労も溜まる段階ではない。データ上を確認すると、ドライバー関連のスタッツが軒並み低下してる。そこでシーズン前に導入した新しいギアとの相性が良くないと仮説を立てて、ドライバーを以前のモデルに戻し復調を促すという事もある」

 こういった指導や助言の裏付けまで伝える事で選手は納得感が得られ、プレーに集中する事ができるという。

 私が最初にカークに会った時、独占で時間を取ってくれたためインタビューフィーの支払いを申し出たが固辞された。

 「私に支払う分のお金を使って、君の知っている有望なジュニアゴルファーにボールを買ってやってくれないか?」

 そう言って別れ際に握手をされた私は、彼のファンになってしまった。アポイントが急でフライトが取れなかったため、カークのアカデミーまでテキサスの荒野を延々5時間半車を運転しつづけてクタクタだったが、話を聞くことができて本当に良かったと思った。そう思えるコーチはそれほど多くない。

 カークのコーチングに対する熱い思いと冷静沈着な分析が、リードのパフォーマンスを支えている。


 ◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。シングルプレーヤー養成に特化したゴルフスイングコンサルタント。メジャータイトル21勝に貢献した世界NO・1コーチ、デビッド・レッドベター氏を日本へ2度招請し、レッスンメソッドを直接学ぶ。欧米のゴルフ先進国にて米PGAツアー選手を指導する80人以上のゴルフインストラクターから心技体における最新理論を直接学び研究活動を行っている。書籍「ロジカル・パッティング」(実業之日本社)では欧米パッティングコーチの最新メソッドを紹介している。オフィシャルブログ http://hiroichiro.com/blog/

(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎の日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)

左からカーク氏、筆者、カーク氏に指導を受けているジョナサン・ベガス
左からカーク氏、筆者、カーク氏に指導を受けているジョナサン・ベガス