日本から欧州に活躍の場を移したサッカー選手から、よくこんな話を聞いた。

 「日本は恵まれている」-。

 確かにそうだろう。最近では小学生や中学生で、海外遠征に行くチームも多い。宿泊先は三つ星や四つ星のホテル。わが子の夢を応援しようと、そんな海外遠征という名の“旅行”に、親はウン十万円も支払う。そんな話、よく聞きません?

 私の学生時代。ラグビー部の夏合宿の宿泊先は古い体育館だった。100人近い汗臭い男が、そこに薄っぺらの布団を敷いて寝た。アリがはい回り、蚊が多くて嫌だったけれど、疲れ果てて朝まで起きることはなかった。社会人になって在籍したラグビークラブでやっと民宿に泊まれたけれど、完全な年功序列。畳の部屋は先輩で、まだ若い私たちは廊下に寝かされた。

 6月20~23日まで奈良国際GCで開催された日本女子アマチュア選手権。女子ツアーでも活躍する新垣比菜(18)と並び、8アンダーの3位になった平木亜莉奈(長野・御代田中)は、つい応援したくなる選手だった。

 将棋界で時の人になっている藤井聡太四段と同じ、14歳の中学3年生。昨年12月にはIMGA世界ジュニアゴルフ選手権・フロリダチャレンジの11~14歳の部で優勝している。自宅のある長野から母正子さん(48)の運転するハイエースで奈良まで移動し、車中泊をしながら大会に参加していた。全国を転戦するゴルフ界ではよくある話なのかも知れない。でも、その精神力の強さに驚かされた。

 「ホテルに泊まるのはもったいないし、お金のことで親に負担をかけちゃうから。お母さんと近くの『道の駅』を探して寝泊まりしています。もう慣れているんで、普通にどこでも爆睡できますよ」

 朝4時すぎに起きて、ゴルフ場に向かう。試合終了後も練習をこなし、夕方になると近くの銭湯に寄ってから、また駐車場に止めた車の中で休む。そんな生活をしながら安定したスコアを出し、最終日まで優勝を狙える位置につけた。大会後も長野には帰らず兵庫へ。6月29日に開幕するステップアップツアーのSkyレディース・ABC杯(兵庫・ABCGC)に出場予定のため、車中泊生活はまだ続いている。

 取材の過程で、支えてくれる親への感謝の思いが何度か出てきた。日本女子アマ選手権を翌日に控えた19日は、母正子さんの誕生日だった。練習ラウンドを終え、道の駅に向かう途中にあったスーパーで、こっそりバッグと洋服を選んだ。小遣いをためて買った母へのプレゼント。それを車の中で手渡したという。

 「いつもお母さんと2人だから、車の中で寝ていても狭いとは思わないです。お母さんはいつも『無理をしないで、楽しんでやれはいい』と言ってくれる」

 サッカー担当時代に取材をした日本代表FW本田圭佑は、日本で育った選手にある「ひ弱さ」に警笛を鳴らし続けていた。チームが手配したバスや電車、飛行機で移動し、遠征先ではホテルに宿泊する。夕食の時間になれば栄養管理された食事が用意され、銭湯を探すこともない。

 プロではなく、中学生や高校スポーツでも、そんな環境に慣れてはいないだろうか。快適な環境は、目の前の試合に集中できる効果が得られる半面、スポーツをする上で最も大事なハングリー精神を失ってしまう危険性もあるように感じる。

 かつて、本田は言った。

 「人生をかけられるか、どうか。甘い環境で育った選手と、そうでない選手との差は、そこに出ると思うんです。それが世界と戦う上で、決定的な差になる」

 近い将来、きっと彼女は目標のプロゴルファーになるだろう。ただ、プロになるだけではなく、世界を沸かせるほどの選手になる日を、楽しみにしている。【益子浩一】