「ボルトのすごさは、足が速いからだけではないと思うんです。彼には人を感動させる力がある。人を魅了する力を持っている人こそが、僕にとってのスターなんです」

 初めて取材した石川遼(26)の目は、キラキラ輝いていた。日本オープンの開幕を前日に控えた岐阜関カントリー倶楽部(CC)東コースのクラブハウス。陸上男子短距離で人類最速と呼ばれ、今年8月に現役を退いたウサイン・ボルト氏の名を挙げ、いつまでも話し続けていた。

 「ボルトが走るあの瞬間は、まさに世界一の瞬間で、スタジアムで見ていた人も、テレビで見ていた僕でさえも鳥肌が立った。世界記録を塗り替えるのは奇跡だと言われるけれど、どれくらいの確率なのか…。それを考えた時、たとえばホールインワンやアルバトロスは3万回の1だとして、でも、入る人は1回で入るんです。それが感動させる力を持っているということだと思う」

 こうやって文字にすると、何を言っているのか分からない人もいるかも知れない。(「この記者は何を書いてるんだ?」なんて、思わないでくださいね)。

 だが、石川は真剣だった。奇跡や偉業と呼ばれる結果は、血のにじむほどの努力でしか得られない。そして、血と汗の結晶となった偉大な結果こそが、人々の胸を強く打つ。そんなことを、他の誰よりも、自分自身に訴えかけたかったのだろう。

 大きな挫折を味わった。10月2日まで続いていた米下部ツアー入れ替え戦。石川は計4戦の獲得賞金ランクで31位に終わり、25位までに与えられる来季米ツアー出場権を逃した。かつての日本男子ゴルフ界のスターは、悔し涙を流し、悩み、葛藤する日々を送っている。

 そこで見えた答えこそが、人の胸を打つほどの努力で、どん底からはい上がることだった。

 「この4~5年、アメリカで結果を出せなかった。自分なりに分析をして、まず第一に勝てる気持ちになれなかった。それは単に気持ちの問題ではなく、技術の問題。悔しいですし、簡単ではないけれど、勝てると思えるほどのレベルになって(米ツアーに)戻りたい」

 そして、こう続けた。

 「何でゴルフをやっているのか? 勝つためもあるけれど、その先にも何かがある。手紙を頂いたり、声をかけてくれて『必死に頑張っている石川遼がいるから、僕も頑張ります』と言ってもらえた。まだ、僕にはこんなに思ってくれる人がいたんだ、と。自分1人のためではないです。技術を高めた先に、支えてくれる人に感動を伝えたい。僕がゴルフをやる意味、生きている意味は、そういうところにあると思う」

 失意の中で迎える今季国内初戦。日本オープンで人を感動させるほどのプレーを見せることが、再起への第1歩になる。【益子浩一】