「職人」と呼ばれる人のこだわりは深い。あれはサッカー担当時代。2010年W杯南アフリカ大会の数カ月前だった。

 FKの職人・中村俊輔(現ジュビロ磐田)から話を聞いた。キック時のインパクト、感触。相手の壁の作り方と、GKの位置。芝生の長さと、その下にある土の固さ。ありとあらゆる状況を踏まえた上で、1本のFKを蹴っていることを教えてくれた。何よりも重要視していたのは、軸足(右)の角度だった。

 同じくFKの職人である遠藤保仁(現ガンバ大阪)は、芝生の状態によってスパイクを履き替えた。そして、そのスパイクの感覚こそ、FKを蹴る上で最も大事だったから、日本代表の遠征になると必ず自分の手で持ち帰った。他の選手が用具担当に任せても、遠藤だけはいつもスパイクを持ってスタジアムから出てきた。

 細部にこだわりを持つからこそ、職人の悩みは深い。10年W杯の直前合宿地だったスイスの田舎町ザースフェーで、中村俊は誰もいないグラウンドに1人現れ、いつまでもFKを蹴り続けていた。プレーの精彩を欠いて先発落ちの危機に立たされ、キックこそが最後の生命線だったから。

 パターの職人と呼ばれる昨季賞金女王の鈴木愛にも、悩みがあった。国内女子ゴルフツアー第7戦となるKKT杯バンテリン・レディース。プロアマ戦が開かれた12日、熊本空港CCのクラブハウスで「まだパターがしっくりいっていないんですよ~」と漏らした。

 前週のスタジオアリス女子オープンでは、インサートのない未発売のPING「VAULT2・0」のパター1本で勝負。2位に4打差をつけるぶっちぎり優勝を飾っている。バンテリン・レディースも勝てば、出場した国内ツアーは3戦連続優勝となる。疑う余地もなく、鈴木愛は絶好調だと、誰もが思っていただろう。それでも職人のこだわりはやはり、深い。

 「クロスにしたり、順手にしたり、ピン型にしたり、マレット型にしたり…。いろいろ試しています。明日の朝に、どれにするか決めたいと思います」

 国内ツアーでの平均パット数1・68は断トツ1位。その練習量も、断トツと言っていいだろう。あれほどのパターをしても、まだしっくりこないのか…。それを問う報道陣に、こう答えた。

 「しっくりきたからといって、入るわけではない。そこがパターの難しいところなんです。まずは、しっかりしたフィーリングに戻したい。あとは、結果頼みですね。なるべく、いいパットがしたい」

 世界ランク(4月9日発表)は、日本人トップの25位。職人技にさらに磨きがかかれば、昨年引退した宮里藍さん以来となる日本人の世界1位が、近づいてくる。【益子浩一】