松山英樹が、米ツアーで初優勝した。もともとショットの飛距離、精度は、世界クラスの選手にまじっても、まったく遜色なかった。本人が課題に挙げていたアプローチも、重点的な練習で着々と進歩している。昨年末以来の左手親指付け根痛だけが、前進をさまたげていた。

 左手親指の付け根のケガは、ゴルファーにとっていわば職業病。スイング時にシャフトの重みが必ずかかる場所だけに、負荷はかかり続ける。伊沢利光、丸山茂樹らトップ選手も、このケガで長年苦しんでいる。

 松山も痛みが引いては、またぶり返す繰り返しだった。4月のマスターズでは、公には「大丈夫です」と言っていたが、痛みは隠し切れていなかった。スイングのバランスも崩れ、マスターズと次戦のRBCヘリテージで、プロ入り後初となる2戦連続予選落ちの苦杯もなめた。

 骨折やじん帯断裂、肉離れなどと違い、大学病院で検査をしても、患部にはまったく問題は見られなかった。原因がはっきり分からなければ、治療の方針は非常に立てにくい。飯田光輝トレーナー(37)は「正直、途方にくれたこともありました」と振り返る。

 飯田トレーナー 何とか治そうと、僕がもがいているのを知っているから、英樹は気を使って、回復のメドなどを聞いてこようとはしなかった。その思いやりがつらくもあった。自分が英樹の足を引っ張ってしまっている、とさえ思った。

 3~4月にビザ取得のために一時帰国した際には、日本中を飛び回り、有識者の意見を聞いて回った。20代のころに師事した、大先輩のトレーナーの門を再びたたき、手首治療の手技を教わりもした。

 ツアー48勝のレジェンド、中嶋常幸を長年サポート。さらに昨年は金亨成、小田孔、藤本と契約選手がそろって国内賞金ランクトップ10入りし、3人の獲得賞金は合計で約3億1000万円に達した。しかしそんなプライドはかなぐり捨てた。英樹を治してやりたい-。その一心で、多くの人に頭を下げ続けた。

 そしてようやく、1つの推論に達した。痛みが出る指の付け根とつながっている、ひじや肩の筋肉に問題があるのではないか。治療の方針を立て直すと、一気に痛みはとれてきた。

 5月22日開幕のクラウンプラザ招待では、最終日を首位で迎えながら、惜しくも10位に終わった。しかし試合中、松山がまったく痛みを訴えなかったことは、同行スタッフにとっては画期的な出来事だった。半年以上も前進をはばんできた、足かせはついになくなった。翌週、松山は米ツアー初優勝にこぎつけた。

 飯田トレーナーは「僕にとっても、とてもいい勉強でした」と振り返る。そして苦闘の中で、以前から抱いていた考えが、確信に変わった。「以前からトレーナーのチームをつくりたいと思っていた。得意分野を分担したり、いつでも意見が交換できるような。そうじゃないと、本当のプロの仕事をクライアントに提供することはできない」。

 トレーナーと一口に言っても、治療から肉体強化まで、手掛ける範囲は非常に広い。あるトレーナーは「本当はラーメン屋なのに、同じ麺だからといって、日本そばやパスタまで注文されるような仕事」と苦笑いする。もちろん基本的な知識はおさえてはいるが、得意不得意は必ずある。

 痛みを取る治療が本職の飯田トレーナーだが、肉体強化のメソッドもある。ハードなサーキットトレーニングで、松山の身体を一回り大きくしてきた。それでも「もっと高いレベルを目指すことを考えると、いずれは肉体強化を専門にするトレーナーの意見が必要になるはず」と言い切る。

 そればかりか、得意な痛みを取る治療についても、他の有識者の意見も聞くべきだと言う。「米国に行っていると、他の人の意見を聞く機会が少なくなる。ビザ取得で一時帰国を強いられたことは、結果的に英樹を完治させる上で、とても大きかった。日本でいろいろな人の意見を聞けたので」とうなずく。

 それぞれ得意分野を持つプロがそろえば、クライアントのニーズに合わせて、最も適したトレーナーを派遣することができる。トレーナー同士の意見交換も容易になる。1人のトレーナーが、自分の知識の枠内だけで対応するよりも、ずっと理にかなっている。

 他の競技を取材していても、自分に合ったトレーナーに巡り会えず、悩んでいる選手は非常に多いと感じる。トップトレーナー同士がチームを組むという理想が形になれば、多くの選手の悩みは解消できるのではないかと思う。【塩畑大輔】