小田孔明(36=フリー)が、国内男子ツアーの賞金王になった。世界クラスのショット力の持ち主。今年7月、全英オープン選手権の最終日では、全選手最多の8バーディーを挙げた。低い打ち出しから、急激にホップする独特の弾道に、英国のファンも驚いていたのを思い出す。

 しかしそれ以上に、印象に残る光景がある。8月、全米プロ選手権からの帰国後。小田孔は、ドライビングレンジでのショット練習の最後に、ロブ系のアプローチ練習を付け加えるようになった。

 トッププロに対して非常に失礼だと思うが、これがお世辞にもうまいとは言えない。ショットフォームが非常に豪快な分、はっきりいって不格好に見える。打つ球の強さ、高さ、スピンのかかり方もバラバラだ。

 これを見ていて気づいた。試合での小田孔はアプローチで、ほぼ100%フェースを閉じて打つ「転がし」を用いていた。フェースを開いて打つ、ロブ系のアプローチを打つ姿は見たことがなかった。それでも国内ツアーなら、寄せに苦労することはなかった。

 距離が長い全米プロ選手権のコースでも、パワフルなショットは十分通用した。ただグリーン周りには課題が残った。一緒に練習ラウンドをした同い年の谷原秀人(36=フリー)が、巧みなロブショットで寄せに成功するのをみて、一念発起した。1からロブショットを練習する。1からだから、賞金王の称号に見合わないほど、不器用で不格好だ。それでも人目を気にせず、黙々と打ち続ける。

 同じころ、小田孔のアプローチの“師匠”だった谷原も、新しい挑戦をしていた。全米プロで予選落ちした翌朝。コースに残り、ドライビングレンジでショット練習をしていた。すると第3ラウンドのスタート直前のマキロイが、近くに来てショットを打ち出した。

 すべてのショットを、最大限のスピードで身体を回転させて放つ。思わず手を止め、マキロイのフォームを注視した谷原は、1つの結論に達した。飛距離もさることながら、コマ同様にスピードが上がることで、回転の軸が安定している。つまり、フルスイングがマキロイのショットを安定させているということだ。

 マキロイが去ると、谷原はアイアンやウエッジまで、すべてフルスイングで打ってみた。球筋はそれまでになく安定した。仮説は当たっていた。「もう1度、クラブを全力で振ろう」。決意を固めて、帰国の途についた。

 肩のケガ以来、フルスイングをする機会はあまりなかった。クラブも軽くし、シャフトも長くして、道具の力を生かす方向にシフトしていた。それを再度、若い頃のハードなセッティングに近づけた。

 当然、身体への負担は増える。9月のフジサンケイ・クラシックでは首を痛めて棄権した。私は正直、これでフルスイングをあきらめるのではないかと思った。しかし谷原は「あきらめないよ」と言い切り、首の痛みが治まるとすぐ、フルスイングを再開した。

 10月の日本オープン選手権のころには、谷原のショット精度は見違えるようが上がっていた。マイナビABC選手権、HEIWA・PGM選手権と2試合連続で2位にも入った。

 皮肉にも「神のタッチ」とも呼ばれるパットが、このタイミングで大スランプに陥った。優勝に1歩届かない試合が続き「ゴルフ場に行きたくないと思う朝もあった」と苦しみ続けた。それでも「オフにはトレーニングで、1年間フルスイングに耐えられる身体をつくる」と前向きな挑戦をやめるつもりはない。

 2人は36歳。他のプロスポーツなら、すでに引退している選手が多い。そうでなくても、競技人生の終わりに差しかかるころだ。しかし、ゴルフはそうではない。米男子ツアーでも、ドライバー飛距離ランクの上位は、ほとんど30代半ばだ。谷原は言う。「オレたちみたいなオッサンが、もう1度頑張るってのも、面白いでしょ? そこがゴルフのいいところだと思うんだよね」。

 ちなみに、私も彼らと同世代の37歳だ。個人的な話だが先日、丸4年続けたゴルフ担当から、サッカー担当への配置換えが決まった。以前に長く担当していた競技への復帰だが、4年もたてば選手も関係者もガラッと変わっている。1から未経験の競技を取材するのとあまり変わらない。

 人脈も増えたゴルフへの愛着もある。新しいことに取り組むエネルギーを搾り出すのも、若い頃と比べてつらくなってきた。正直、担当が変わることが、気が重いと思うこともあった。

 しかし小田孔や谷原が不器用に、もがき苦しみながら、それでも新しい挑戦を続けている姿を思い返し、考えをあらためた。今は「自分も新しい現場で、いつも前向きに頑張りたい」と心から思う。

 石川、松山ら世界に打って出る20代と、藤田、谷口ら元気な40代のはざまで、国内男子ゴルフ界の30代は「頼りない」と言われてきた。就職氷河期に苦しみ、就職後も景気低迷の中で明るい未来を思い描けずに来た、社会人の30代「ロスト・ジェネレーション」と重なる気もする。

 それでも男子ゴルフの30代は今年、宮里優作が昨年末から年またぎでツアー2連勝。岩田寛もツアー初勝利、そして海外の“準メジャー”HSBCチャンピオンズで3位と躍進した。そして小田孔、谷原もさらなる高みを目指している。

 いくつになっても、新しい挑戦をする価値はある。遠回りして、後れを取っても、巻き返しのチャンスは必ず来る。ゴルフ界の“ロスジェネの逆襲”には、私も勇気づけられている。キャリアの岐路にある同世代を励ます力は、男子ゴルフならではのものだと思う。【塩畑大輔】