3年前の15年は年間獲得賞金89万6948円。月収にすれば約7万5000円。16年はさらに厳しくなり年間14万4700円。月1万2000円ほどしか稼いでいない計算になる。これにスポンサーからの補助はあるとはいえ、とても生活できるレベルではなかった。男子ゴルフのマイナビABCチャンピオンシップ(10月、兵庫・ABCGC)で、プロ11年目で初優勝した木下裕太(32=フリー)はそんな苦労人だった。

以前担当したサッカーのJリーグに、手取り月10万円の選手がいた。冗談交じりに「それでもプロか」と冷やかされていたが、彼にはクラブが用意した寮があり、練習から帰れば3食の温かい食事も提供された。試合になれば会場まではチームバス。ぜいたくをしなければ生活に困ることはなかった。だがゴルフ界は違う。各地を転戦する航空券などの交通費、会場までのレンタカー代、ツアー期間中の宿泊費。大口のスポンサーがいる選手以外はその費用は自己負担となり、どんなに節約しても1試合につき最低10万円はかかる。

試合に出れば出るほど、木下の借金はふくらんだ。

「本当なら胸を張ってプロと言いたいんですけど。職業を聞かれるのが一番嫌でした。試合に出れば赤字で、稼いでもいないのに『何がプロだよ』と。心が折れていて『どうせ試合に行っても、また赤字か』と思うと集中できない。ふてくされて、真剣にやっている選手に失礼だった」

支えたのは家族だった。いつか、夢を見たい-。その思いだけで、父淳さん(62)は、30歳を過ぎても自分の生活費すら稼げない息子にかき集めた金を渡し続けた。「もうこれ以上(家族に)迷惑はかけられないと思った。ダメなら引退」。覚悟を決めて臨んだツアー出場権をかけた16年末のQT(予選会)で自己最高18位になった。翌17年には年間約929万円を稼ぐまでになり、ツアー初優勝した今年は賞金ランク18位となる約5534万円。2年前と比べると、年間獲得賞金は382倍になった。

どん底を見た男の涙はきれいで、あの瞬間、記者席には歓声が起きた。10月28日、マイナビABCチャンピオンシップ最終日。プレーオフ1ホール目で川村昌弘(25)が先にバーディーを挙げると、木下は4メートルのイーグルパットを沈めて決着をつけた。男泣きしながら「手が震えながら打ちました」と漏らした。プロとはいえ、脚光を浴びる選手ばかりではない。いつか花が咲くと信じていても、いつまでも咲かない花もある。あの日、木下の優勝原稿を書く番記者の手も興奮で震えていた。【益子浩一】