アラカルト
全英オープン日本人記録アラカルト
| 最高順位 | 82年倉本昌弘の4位が最高位。 |
|---|---|
| 最少ストローク | 06年谷原秀人の277が最少。 |
| 1ラウンド最少ストローク | 82年倉本昌弘の4位が最高位。 |
| 最高順位 | 80年青木功の63。 |
| 最年少出場 | 78年倉本昌弘の22歳10カ月がこれまでの最年少だったが、今大会17歳10カ月で出場する石川遼が更新。 |
全英オープン記録アラカルト
| 世界最古 | 日本では江戸時代末期にあたる1860年、第1回大会がスコットランドのプレストウィックで8人のプロが参加して開催された。英国人は当初から「世界の選手権競技」の意味を込め「THE OPEN(ジ・オープン)」と呼んでいる。他メジャーの第1回は、全米オープンが1895年、全米プロが1916年、マスターズが1934年。 |
|---|---|
| 最多V | ハリー・バードン(英国)の6度(1896、98、99、1903、11、14年)。 |
| 最年長&最年少優勝 | 1867年トム・モリスSr.の46歳99日が最年長V、翌年にトム・モリスJr.が17歳5カ月8日で勝ったのが最年少V。 |
| 初出場で優勝 | 1860年W・パーク、73年キッド、74年M・パーク、92年ヒルトン、1921年ハッチンソン、33年シュート、53年ホーガン、64年レマ、75年ワトソン、03年カーティスの10名が達成。 |
| 3連覇 | 36ホール競技だった1868~70年にモリスJr.、77~79年にジェイミー・アンダーソン、80~82年にロバート・ファーガソンが達成。72ホール競技となった1892年以降は1954~56年にピーター・トムソンが記録。 |
| 最大ストローク差V | 13=1862年モリスSr.。 |
| 最少スコア | 93年ノーマンの267が最少。 |
| 最多出場 | ゲーリー・プレーヤー(南アフリカ)の46回。 |
アラカルト・珍記録
長い歴史の中では、さまざまな「珍記録」も生まれている。02年にモンゴメリーは初日74で106位と出遅れたが、2日目に前日より10打少ない64をマークして、9位に急浮上。ところが3日目には20打多い84だった。この20打差というのが、大会史上最大の「大波賞」。38年にもフレンチが2日目71、3日目92で記録しており、日ごとに天候や状況が変わる全英の厳しさを示している。
また、2位に甘んじた回数が最も多いのは、ニクラウスの7回。帝王は全英3勝で、優勝杯を掲げた数の倍以上、惜敗に涙をのんでいるわけだ。通算5勝を誇るテーラーも、2位を6回経験した。
4日間とも60台のスコアで回った選手は5人いるが、優勝したのは93年ノーマン、94年N・プライス、00年ウッズだけ。94年パーネビクは2位、エルスは93年に6位、04年にはプレーオフ負けの2位と2度も優勝を逃している。
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