- スポーツメニュー
-
- 後藤新弥のDAYS'メニュー
-
新弥のDAYS'
2006年02月04日更新フェアな五輪
<質実剛健、原点に戻った安心感>
トリノ五輪が終わりに近づいている。
今回の五輪ほど「ほっとさせる」大会は近年になかったと思う。
荒川のフィギュア金メダルもすばらしいが、日本がどうしたという見方とは別に、「五輪がスポーツの灯台としてふさわしい王者を選んでいるか」どうかが、いつも気になっていた。
今回は、「積み上げてきた基礎技術」「それ以前の基礎体力」「チャンピオンにふさわしい総合能力」といった、どちらかといえば地味で、土台に近い部分を厳しく見詰める五輪だった感が強い。
一発勝負やドラマ性、悲劇性などでパフォーマンス以上のものをたとえ求めても厳然と拒否し、あくまでも「実力通りの判定」を下そうとした五輪だった。
日本は、フィギュア以外では最高4位だったが、こうした角度から見ればスケートやジャンプの4位は、誇れる内容ではなかったのか。
一方で、全体的な日本の不振は、以上のような基礎の技術や体力重視を「もっと」と促す警鐘でもある。
スポーツは騒ぎやドラマだけではない。
もっと地道で地味で、ある意味では無駄な行為なのである。
ただその価値観を五輪自ら提示し、そのようなメダリストを多く選出したことは、世界のスポーツ界が「薬物などによる汚染」「精神の汚染」「商業主義の行きすぎ」といったマイナス要素から立ち直り、原点へと堂々回帰し始めた潮流を感じさせる。
荒川への「君が代」を聞きながら、日本人としての歓び以上に、五輪の健全化に、幸せを感じた。
絶対金メダルと思われたスルツカヤの不振は不思議なほどだが、何かあったか、荒川を(練習で見て)作戦を変えて銀を覚悟したか。
いずれにしても荒川は「積み重ねた」ものでスルツカヤと勝負して勝ったのだ。立派だった。すごいことだ。
荒川は一時引退を考えたと言うが、村主や安藤らが壁となり、逆に闘争の場に引き戻された。単発の金メダルではなく、フィギュアが栄冠を勝ち取ったのも「積み重ね」があったからだ。とりわけ、野辺山合宿を含めて、まとめにくい選手をナショナルチーム合宿に集めて強化してきた英断と、言い方は悪いが金策の努力が実ったというべきだろう。
あきらめなかったから、という言い方も正しい。
他競技は資金不足だった。
それがそのまま現れた。
競技団体、JOC、選手らの責任とは言い切れない。
ところで、荒川が日本人選手3人の中で一番愛想がない(笑い)。それも、今回の五輪では納得できる。
五輪側が開会前に「選手のブログなどは禁止条項にあたる」と警告を出した。
日本では大きな反対の声が上がったが、これは規則だから仕方がない。
あるベテラン選手は「応援メッセージはじつにありがたいが、それだけを観ていると、自分の周りには味方がいっぱいいて、自分が主人公のような錯覚に陥り、精神的な温室を作る結果になるおそれがある。特に若い選手は、そこにはまりこみ過ぎないよう注意しないと」と話していた。
また別のコーチは「試合前に自分のことや特別な技術のことを饒舌に語る傾向があるが、そんなことをしたら重圧が逃げて、自らパワーを失うことになる。選手は、終わってから話すべきで、試合前は寡黙になるべきだ」と、最近の「愛想のよい」選手の傾向を叱っていた。
人によって考えは異なるだろうが、それもまた「現場」のスポーツの真実だろう。
質実剛健という1つの「スポーツの原点」を、僕らがもう一度見直すいい機会だと思う。
メダルラッシュの感動はないが、不思議に心の落ち着く五輪ではある。荒川にはアイスクリームを大量に送ってあげよう。
- Thanks
- ご愛読に感謝申し上げます。すべてにご返信ができないため、整理の都合上、nikkansports.comの本欄、マスター及び筆者個人アドレスでは、コラム内容に関するご感想などのEメールは、現在すべて受付を中止しております。お詫び申し上げます。下記にご郵送ください。
また、他ページ、フォーラムなどへの転載は、引用を含めて、お断りします。ご協力に感謝いたします。
【郵送宛先】 郵便番号104・8055 日刊スポーツ新聞社 編集局 後藤新弥
- プロフィル
- 後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、59歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
【 詳細プロフィルへ >> 】