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新弥のDAYS'

2006年5月22日更新

稲垣さんが48時間走世界新(2)

<井上明宏監督からの報告書 続編>

 日本代表チーム井上明宏監督の報告書後編です。

 5月12~14日、フランスのスージェで行われた第21回48時間走国際競技大会で、稲垣寿美恵さんが日本人女子として初優勝。2月の24時間走世界選手権に続く快挙となった。382・416キロは9年ぶりに全カテゴリーを併せた総合の歴代世界記録を4・5キロ余り更新する快挙だった。

 

 ****井上監督の報告(2=写真も)****

 あとはどこまで記録を伸ばせるかということをコーチとしては考えましたが、すべてにギリギリの状態で夢遊病者のように走っていた稲垣自身の方は、とにかく380キロまでということしか頭になかったようで(実際40時間以降の記憶はほとんどないそうです)、それが達成された時点で気持ちが切れてしまったようでした。ペースが維持できないどころか、残り50分で折からの強い日差しと不十分な補給による熱中症で気絶して倒れるというアクシデントが発生してしまいました。稲垣自身24時間走で全力を出し切ったときすら比べ物にならないほどの体力、気力の減退と苦痛を我慢してきて、ついに本当の限界がきたということだったのでしょう。無理して這うように前進すれば少しでも距離は伸ばせたはずですが、大会側への迷惑や周囲の批判、何より彼女の生命の危険を考慮して、ドクターとも相談した結果、そこで基本的にレースを終えることにしました。

 

 最後のタイムアップの部分だけ観客に顔見せをしましたが、382・416キロとこれまでの世界記録を4キロ以上更新する快挙に対する観衆からの喝さいの中、いつものように小さくなって申し訳なさそうに手を振って応える彼女の姿が印象的でした。そして、なんとか致命的なダメージを負わずにレースを終えられたことに安堵しました。稲垣は、わずか2カ月半の間に24時間走の世界チャンピオンになり、48時間走の世界記録を更新(5/18現在、正式な審査公認作業は完了していないが)したわけで、100マイル超のカテゴリーでは名実ともに現在世界最強の女子ウルトラマラソン“レーサー”として認知されたと思います。“世界のSUMIE(スミーと発音される)”として、日本国内よりも海外メディアからの取材申し込みが多いのが、やや皮肉な気もします。

 

 ところで、今回印象的だったのは世界の女子ウルトラマラソン界をリードするロシア選手たちの競技に対する姿勢でした。

 この大会は賞金大会で、世界記録には賞金ボーナスが贈られます。レース中、稲垣が記録を更新した直後に、あるロシアのライバル選手は「もうがんばる必要はない。次回また更新できるように記録を伸ばし過ぎないようにした方が良い」と私たちに耳打ちしてきました。けん制しているだけかとも思いましたが、ロシア選手にしてみれば、記録の名誉よりも金だという当たり前の感覚なのかもしれません。陸上の棒高跳びのように自分で記録をコントロールすることができる種目では、旧ソ連系の選手は1センチずつ何度も世界記録を更新しては、そのたびにスポンサーからボーナスをもらっていると聞きます。あらためてロシア選手達のプロ根性のようなものを見た気がしました。

 しかし、アマチュア精神で自己の限界に挑んでいるわれわれ日本選手からしてみると、しっくりこない部分もあります。

 「こんなに辛いことは2度とできないかもしれない。せっかくのチャンスだから、簡単に破れない記録を出しておこう」あるいは「金のために走っているのではない」と思うのがわれわれの自然な感覚です。これからウルトラマラソン競技が世間的に少しずつでも注目され、企業や連盟がお金を動かす対象になるかどうかは未知数ですが、仮にそうなればプロ活動を行う選手も出てくるかもしれません。それでも24時間走チームJAPANとしては、ランナーの前進本能である「もっと遠くへ、もっと速く」という基本姿勢を追求していくでしょう。今回の稲垣の世界新記録も、そういった「自分の足で遠くまで行きたい、走り続けていたい」という素朴な気持ちの中から生まれたものだと思います。応援ありがとうございました。

 

 (写真も井上氏提供)

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プロフィル
後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、59歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
 本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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